女帝と僕とその他もろもろ

□その1
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「つまらないわ。」

ぴしゃり、と彼女は言った。
言われた男は、わたわたと慌てている。
見てるこちらからしてみれば滑稽だが、男からすれば生死の境目に立っているのと同じだ。

彼女――宝星院 菜緒は、眉目秀麗、才色兼備という言葉がぴったりの宝星院財閥の令嬢様だ。
すらりと長い手足に、小さな顔。
黒目がちの大きな瞳に影を落とすのは長い睫毛。
通った鼻筋に、桜色の形のよい唇。
長い艶やかな黒髪は、少し高い位置で一つに束ねられている。

本日は、飾り気のないシンプルな淡いピンクのワンピースとパンプス姿なのだが、彼女が着ればドレスにさえに見えてしまうのは菜緒マジックだろう。

しかしそんなツッコミ所のない菜緒には、一つだけ欠点がある。
本人は欠点だとは思っていないようだが、あれは明らかに欠点だと思う。


「あなた"ごとき"のためにあたしの大切な時間をさいて"やったのに"退屈させるなんて、とんだゴミ野郎ね。ほんっとに最低よ?わかってるのかしら?どう責任とるつもりなの?」


うふふ、などと可愛く笑ってはいるが、口から出てくるのは蔑みばかり。
男は真っ青になり、小さく萎縮してしまっている。
せっかく勇気を出して、高嶺の花である菜緒をデートに誘ったのにずたぼろにけなされては立つ瀬がないだろう。


「あなたいざという時、決めれないタイプの男でしょう?人生の大切な選択を決めれずに逃げて、チャンスをドブ落としてきてるんじゃない?本当、愚かなグズね。きっとアッチのほうもそうでしょう?いざという時に勃たないふにゃ〇ンでしょう?」


またなんとも下品なことを平気で菜緒は言う。
綺麗な顔して、とんでもないことを言うのだ。

そう、宝星院菜緒の欠点。
それはこの口の悪さと下品さ、だ。

悪意たっぷりの言葉を相手に剛速球で投げつけ、相手の心を完膚なきままに叩き潰すのが彼女宝星院菜緒の喜びである。

男は可哀相なことに半泣きになっている。男としてアソコの事情を言い当てられるのは恥ずかしく、悔しいことだろう。
しかし、そんなことでやめる菜緒ではない。
それが彼女の加虐心を煽ることを男は気づくべきだ。


「あら?泣いちゃうの?そんなプレイは嫌よ。たかがふにゃチ〇だって言われたくらいで泣くなんて、やっぱり根性なしのカス野郎ね。もしかしたらあなたよりチ〇カスのが世の中の役に立つかも。」


そろそろ止めてやらないと男が自殺しかねないと思い、行動に移す。

いつだったか、告白するために屋上に菜緒を呼び出した同級生の男は、徹底的に蔑まれ屋上から飛び降りそうになった。
必死に周りが止めて事なきを得たがそんな男を見て、菜緒はトドメを刺した。


"死ぬ勇気もないの?決めたことすら最後までやれないなんて…あなたやっぱり粗〇ン野郎よ。"


ゾッとするほど他人を侮辱する彼女は周りから"女帝"と呼ばれている。
逆らえば殺される。
外的に手をくださなくても内面から攻撃され、よくて廃人、悪くて自殺だ。
そして例え菜緒せいだとわかっても、揉み消すことなど造作もない。

何て言ったって、菜緒は日本トップ企業の御令嬢。
政界にも顔の効くお父上の可愛い可愛い娘なのだから。



「姫、もうやめなよ。彼だって頑張ったんだからさ。そこは認めてあげなよ。」


満面の笑みで男を侮辱している菜緒にそう話しかけた。
すると振り向いた菜緒は、ぱあっと輝くような笑顔をこちらに向けて飛びついてきた。


「ハニー!!んもう、いたなら教えなさいな。そしたらあたしつまんない時間を過ごさずに済んだのに。」


菜緒にこれでもかと抱きしめられている僕こと、八木平美津。
八木平のはちと名前の美津をくっつけるとはちみつなので菜緒にはハニーと呼ばれている。

僕男なんだけど、と何度か抗議したが菜緒曰く可愛いからいいのだそうだ。

一応この物語の主人公にして、宝星院菜緒の唯一の友達である。
いや、もう親友と言っても過言ではないかもしれない。

ちなみに僕は菜緒のことを姫と呼んでいる。
理由は得にない。
強いて言うならば、自分のしたいことを必ず押し通す我が儘姫だから。


「ね、ね、ハニー。今からカラオケ行きましょうよ。フリーで夜中まで!!ハニーの歌声聞きたいの!!」


「いや、制服じゃ夜中まで無理だからね?しかも明日期末テストですから、勉強せねば僕はあの世いきなんですけど。」


「あら、テストなの?」


それは残念、と肩を落とす菜緒。
しかし僕は言いたい。
僕とお前は同じ学校だぞ、と。
だからお前も明日はテストだぞ、と。
まあ、首席の菜緒は勉強せずとも楽勝だろうが。


「な、菜緒ちゃんの彼氏…?」

「あら、まだいたの?あたしとハニーの甘い時間を邪魔しないでくださる?あなたもういらないわ。ありがとう、クソつまらない時間なんてプレゼントしてくださって。」


そう言って、僕の手を引き菜緒は歩き始めた。


実はここだけの話、僕は何度も菜緒からアプローチを受けている。
そのアプローチは筆舌に尽くしがたいものだ。
しかしまあ、なんだかんだと女帝様も可愛いとこがあることに気づいたきっかけにもなったのだが。
その話はまた、追い追い。

間違えないように言っておくが、僕と菜緒は付き合ってはいない。
僕がまだ菜緒を親友以上として見れていないわけだ。
ぶっちゃければ、僕はこれ以上の関係を望んでいない。
今が一番程よい距離感だと思うわけだ。


「ハニー。やっぱり行きましょうよ。」

「だから、テスト…」

「あたしじゃなくテストを取るの?あなたいつからそんな勉強しなきゃいけないようなバカになったのよ?ショックだわ。ねえ、ハニー知ってる?」

「なに?」

「バカにつける薬はないんですって。しかも死んでも治らないそうよ。て、ことはバカは不治の病よね。ハニー、可哀相。」







ドS女帝・宝星院菜緒
本日も絶好調であります


(可哀相とか言いながら笑ってんじゃん)
(絶望してるハニーの顔、可愛いんだもの)
(…あー…はいはい)





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