女帝と僕とその他もろもろ

□その2
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宝星院菜緒。

僕の通う私立高校で知らない者はいない有名人である。
才色兼備、眉目秀麗の黒髪美人。
高嶺の花と歌われる彼女を狙う者は多い。


「……見て。女帝の御登校よ。」

「……昨日もフッたらしいわよ。これで何人目?」

「……自分が可愛いからって、酷い女よね…」


菜緒が登校すると同時にこそこそと話すクラスメイトたち。
菜緒の欠点は周知の事実であるので、彼女にしたいと思う男共が多い反面、ひがみ嫌う女共も多い。
それをいつも聞く僕としては、居心地が悪いことこの上ない。
僕と菜緒が仲が良いことを皆知っているはずなのに、わざとかというくらい僕に聞こえるような音量で話す。


「おはよう、姫。今日は遅かったね。」

「門の前でヘンなのに捕まったのよ。しつこいから時間かかっちゃったの。」

「ヘンなの?」

「3年の…名前は確か三藤とか言ってたかしら。」


菜緒の口からその名前が出た瞬間、教室内がざわついた。
皆口々に「三藤先輩だって?」「三藤先輩、てあの?」だのと言っている。


「へぇ…姫が手こずるなんて。随分強者だね、その先輩。」

「…全く…あいつのせいでハニーと過ごす時間が減っちゃったじゃないの。」


面倒臭さそうに髪をかきあげ、菜緒は自分の席に腰を下ろした。

3年の三藤先輩、と言えばこれまた知らない者はいない有名人である。
確か両親は共に医者であり、本人も一流大学の医学部を目指して猛勉強中。
容姿端麗で文武両道。
しかも菜緒とは違い、優しく紳士。
顔よし、頭よし、性格よし、運動よし、の四拍子を兼ね備えた男だ。
全女子生徒の憧れの的、それが三藤玖遠(みどう くおん)だ。


「…いた…っ」


小さな悲鳴が聞こえ、見れば菜緒の指先から真っ赤な血液が流れている。
今日は、カッターの刃でも入っていたのだろうか。
本当に女のいじめは、陰湿だと思う。
菜緒の顔を覗き込めば、まじまじと自分の指を見つめていた。


「姫、大丈夫?」

「ええ。平気よ。……今日の仕掛けは12点、てとこね。幼稚すぎ。」


切れた指を舐めながら、菜緒は自分に仕掛けられたいじめの採点をした。
毎日毎日、1年近くに渡り繰り返されているいじめを菜緒は採点している。
未だにそれは20点すら越えたことはない。
もちろんは満点は100点だ。
今のところ平均は11.2点くらいか。


「何言ってんの。ほら、指出して。」


ポケットをごそごそ探して絆創膏を取り出す。
僕は、いつも怪我をする菜緒のために絆創膏やら傷薬やらを持ち歩いている。
いつだったか、お父上様に相談してこのいじめをどうにかしてもらえと進言したことがあったことがある。
あまりにも生傷が絶えない菜緒を心配した宝星院の執事から何があったのかとしつこく聞かれた、ということもあったし、僕自身あまりにも見るに絶えなかったからだ。
しかし、菜緒は言った。

"知ってる?私がいじめをものともしてないときのあいつらの顔。ブッサイクにひしゃげちゃって、傑作なのよ。あれを見るためならこんくらいどうってことないわ。"

飄々と言う菜緒に僕はほとほと呆れた。
それから、僕が救急セットを持ち歩いているわけだ。
何が起きても対処できるように、これが僕ができる精一杯のこと。


「あら、今日はピンクなの?」

「そ。花柄。姫、好きでしょ。」


地味な絆創膏を姫はつけたがらない。
だから、僕は雑貨屋を梯しまくって色々な柄の絆創膏を買い集めている。

本日は、淡いピンク地にカラフルな花柄の絆創膏。
嬉しそうにそれを眺める姫を見て、僕自身も嬉しくなる。

この感情が、友情だと僕は信じているわけだが、他人が見たら恋だと言うのだろうか。
いや、どちらでも構わないか。
大切なのは僕がどう思うか、なのだから。


「ねえ、ハニー。いじめの仕掛けは、もっと巧妙で、緻密で…芸術的じゃなきゃいけないと思わない?」

「そんなこと言うの、姫だけだよ。」

「そんなのは、周りがおかしいのよ。全く…芸術性のない仕掛けは、ゴミ以下よ。」

深いため息をつくと、菜緒はやれやれと首を振った。
そんな彼女を見て、彼女の言葉を聞いて、周りの女共はむきになりヒートアップしていくわけだ。
このままではいつか後ろから刺されてしまうのではないかとヒヤヒヤする。


「姫、あのさ…」

「なあに?」

名前を呼べば、にこりと綺麗に笑う菜緒。
艶やかなオーラを醸し出している菜緒に冷や汗が流れる。
これは、いつものパターンが来る。
やっぱりいいや、と言って後ずさりすると、菜緒にがっしりと腕を掴まれる。


「もしかして、ようやく受け入れてくれたの?」

「違うよ。そうじゃなくて…」

「なんでよ…どうして…?」


たちまちしゅんとなる菜緒に、僕はため息を吐く。
僕がその顔が苦手なことを知っているから、わざとするわけだ。
これで僕があたふたするのを見て、腹を抱えて笑うのが菜緒だ。
それが菜緒のストレス解消方法、らしい。


「もう、騙されないよ。そんな顔をしてもダメ。」

「…ちっ。」

「盛大な舌打ち。……女の子でしょ?」

「…ハニーの反応つまんないわ。」

「はいはい。」

またため息を吐きながら、席に座り直す。
むくれる菜緒の機嫌を直すのは至難のわざだ。
ぽんぽんと頭を撫でれば、少しだけ嬉しそうに笑う菜緒を見て思う。
本当に黙っていれば、普通の可愛い女の子だと。
しかし中身を知れば、そんな思いは消え去る。
この中身を知っいるはずなのにそれでも彼女にしたがる奴がいるというのは本当にわからない。
これは、永遠の謎だと僕は思う。


「…ハニー。」

「なに?」

「私、今日一人で帰るわ。…今日だけじゃなくて、これからずっと。」

「……は?」

また急に何を言い出すのか、と菜緒を見れば顔は真顔。
とうとう愛想を尽かされたか、と少し寂しい気持ちになるが仕方がないと思う。
僕ごときに1年も付き合ってくれていたんだ。


「ねぇ、寂しい?」


そう尋ねる菜緒の顔は、少しだけ――本当に少しだけにやついている。
楽しんでいる、そう確信した。
1年一緒にいてようやくわかるようになった本当に些細な表情の変化。

菜緒がその気なら、僕だって考えがある。


「寂しいよ。すごく、寂しい。」


そう僕が真顔で言えば、菜緒は真っ赤になった。
わたわたとしだし、目が泳ぐ。

菜緒は正直に気持ちを言われることが苦手だ。
必死になって慌てる相手を見て楽しみたい人間なので、ストレートに来られるとどう対処していいかわからないようだ。
菜緒の周りにいる人間は皆、ストレートに物を言うタイプが皆無なため慣れていない、というのもあるのだろう。
しかし僕だってやられっぱなしじゃ終われない。
弱点は攻撃してこそ意味がある。


「…今回は僕の勝ちだね。」

「ハニーのバカっ!!!」







女帝の弱点


(バカ、バカ!!ゴミ野郎…っ!!)

(姫、そんな顔で言われても怖くない。)

(………ハニーって、たまにSよね。)

(姫には負けるってば。)







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