女帝と僕とその他もろもろ

□その3
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授業が終わり帰り支度をする。
僕も菜緒も帰宅部なので、授業が終われば帰るだけだ。
テキパキとかばんに荷物を詰め込んでいると、支度が終わったのか菜緒が近寄ってきた。

「あれー、僕とは一緒に帰らないんじゃなかったの?」

そう悪戯心で尋ねれば、菜緒はぷくっと頬を膨らまし怒る。
まるで食べ物を詰め込んだハムスターのような顔だ。

「ハニーが寂しいって言うんだから、仕方ないじゃない。」

「…はいはい。もうすぐ終わるからちょっと待ってね。」

絶対にデレることがない菜緒。
彼女は傍から見れば10ツン0デレ。
しかし僕は知っている。
ごくわずかだが、菜緒だってデレる時がある。

「あ、いたいた。菜緒ちゃーん。」

僕が片付けをしていると、チャラチャラした喋り方の男が菜緒を呼んだ。
声がした方を見れば、見知った顔が立っていた。

「姫、呼んでるよ。」

「嫌よ。私は絶対嫌。」

菜緒を呼んだのは隣のクラスの早瀬という男子生徒だ。
下の名前は、聞いたはずだが忘れてしまった。

見た目は喋り方と同様にチャラチャラしている。
着崩した制服にごついシルバーアクセ。
ズボンは穿いている意味があるのか、と思うくらい下がっており、ド派手なパンツがまる見えだ。
髪の毛もこれでもか、というくらいにワックスが塗りたくられているようでパキパキになっている。

しかし驚くことなかれ。
こんな容姿でも彼はモテるし、頭もいいし、運動もできる。
天は何でこんなへんちくりんを創造したのだろうか。

「菜緒ちゃーん、最近全然話してくんねーじゃーん?俺、ちょー寂しーんだけど?」

だらだらと歩きながら近寄ってくる早瀬くんに、後ずさり、僕を盾にする菜緒。
何故巻き込むのか、と菜緒を見れば、嫌悪全開の顔をしていた。

「ちょっとどけよな、家来のくせに。」

「あー…もういい加減気づきなよ。家来でも何でもいいけどさ、姫嫌がってんだからさ。」

余談だが、僕は周りから家来というあだ名で呼ばれている。
僕が菜緒を姫と呼び、四六時中一緒にいるところから付いたあだ名だ。

「はあ?意味わかんねーし。」

「君の頭は豆腐か何かか?」

嫌がっている、と伝えたのに全く理解しない早瀬くんについぽろりと本音が出てしまう。
やばい、と思った時にはもう遅かったようで早瀬くんは目を見開いて僕を見ていた。

「何つった?」

地を這うような声で言う早瀬くん。
冷や汗が背中を伝うのがわかる。
この手のタイプはプライドが高い。
それを傷つけたんだから、御立腹になっているようだ。
ちらりと菜緒を見れば、もっと言えと言いたそうな目で僕を見ている。
きっと今の状況が楽しくて仕方ないのだろう。
目は爛々と輝き、先程までの嫌悪全開フェイスは消え去っていた。

「だから、脳みそは豆腐か、て聞いてる。僕の言葉を理解できないみたいだし…もしかして異星人?それか猿か?…まあ、どっちでもいいけどさ。どいてくんないかな?もう僕たち帰りたいんだよね。猿くんに付き合ってる暇ないんだよ。」

まくし立てるように言えば、猿くん――もとい、早瀬くんは固まってしまった。
僕にこんなにも言われるなんて思ってなかったのだろう。

「…行こう、姫。」

今のうち、と菜緒の手を引き、教室を出ようとした。

「おい、待て!!」

「…なに?」

フリーズから復活した早瀬くんが、僕らを呼び止めた。
顔を真っ赤にして、興奮気味の彼は少し気持ち悪い。
そんなにも怒らせたのだろうか。
もしかしたら、暴力に訴えてくるかも知れないので菜緒を背中に隠し、早瀬くんを見据えた。

「お前、名前は?」

「八木平 美津だけど?」

じりじりと近寄ってくる早瀬くんは、ある種のホラー映画のよう。
せっかくのフェイスが台なしなくらい、鼻息が荒い。

「ハニー…逃げて。」

「え?」

「やばいわよー。」

菜緒が真剣な顔で言う。
意味がわからず、行動に移せずにいると、急にがばりと抱き着かれる。
誰か、など言わずもわかるだろう。
早瀬くんだ。

「美津様ー。」

「ちょ!!気持ち悪い!!僕、男!!」

「そんなのカンケーないよー。あー…もっと俺をいじめてくださーい。」

ぐりぐりと僕の肩に顔を押し付けてくる早瀬くんに吐き気がする。
どん、と突き飛ばせば、嬉しそうに笑っている。
先程の比ではないくらい僕は冷や汗をかいた。

「姫。彼は…」

「生粋のMよ。だから私が何言っても喜ぶだけで、どうにもならないのよ。そんなのつまんないし、気持ち悪いし…だからずっと逃げてたのよ。ハニー…あなた完璧惚れられたわね。」

「僕、男だよ?同性だってば!!」

「そんなの愛があればカンケーないよー。美津様ー。いじめてくださーい。」

「ぎゃああああっ!!!!気持ち悪い!!!!」

キラキラした目で追いかけてくる早瀬くんから僕は全力で逃げる。
あの程度など菜緒の足元にも及ばないのに、それで興奮するなど変な奴だ。
しかし、そのせいでターゲットが菜緒から僕に移行したことは事実。
どうにか逃げねば、僕は早瀬くんに喰われてしまう。

「姫!!先帰って!!」

「嫌よ。こんなに面白い見世物見ずに帰るなんて。」

にやにやしながら、足をくんで椅子に座る菜緒は助けてくれそうもない。
この地獄の鬼ごっこを観覧して自分の欲を満たしているのだろう。
相変わらずのドSっぷりだ。

「美津様!!けなしてくれー。」

「こんな姿見たら、ファンの女子たちが泣くよ?」

「女なんて皆受け身だから、俺の欲望が満たされないのー。美津様、満たしてー。」

「来んな!!気持ち悪い!!寄るな、触るな、近づくな!!!」

喚きながら走り続けた結果、きっと僕は運動部並に走った。
なんとか早瀬くんをまいて、菜緒と帰路についたのは日が大分と傾いてからだった。




隣のドMくん




(ハニー、げっそりしてる。)

(男に愛されても…気持ち悪いよ)

(私が愛してるじゃない。)

(姫の愛は、強烈すぎるムチだもん。)




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