女帝と僕とその他もろもろ

□その4
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「お昼にしましょ、ハニー。」

お昼の時間を知らせるチャイムとともにウキウキをした様子の菜緒が僕の席までやってきた。
手には、可愛らしいピンクのウサギ柄の巾着が握られている。

「また陽輔さんが作ったの?」

「そうよ。だってあいつうちの使用人だもの。」

陽輔さんとは、宝星院家の使用人の一人の名前。
何度か菜緒の家に遊びに行ったとき会ったことがあるが、人当たりのよい優しそうな青年だ。きっちりとスーツを着こなし、縁なしの眼鏡をかけている彼はいかにも執事という感じの人だ。

もともとは菜緒の父親の執事として働いていたのだが、いつだったからか菜緒の専属に変わったと菜緒から聞いている。
この我儘姫様に嫌な顔一つせずに尽くしている陽輔さんを僕はひそかに尊敬している。

「本当にさ、陽輔さんって男にしとくの勿体ないくらい料理上手いよね。すべてにおいて完璧だし。」

掃除、洗濯、炊事と菜緒の身の回りのことは何でも陽輔さんがするので、菜緒が持つお弁当も陽輔さんお手製というわけだ。
本来ならば、食事は雇われている料理人がするのだが、菜緒だけは特別で陽輔さんが朝5時に起きて作っているらしい。

最初はなんて我儘なんだ、と思っていたが、今はその我儘の理由がわかっているので当然といえば当然なのだろうな、と思うくらいだ。

「そうかしら?あいつ結構ズボラよ?」

ズボラな陽輔さんなど想像できない。僕のイメージではきちんと整理された小奇麗なモノトーンの部屋に住んでいる感じだ。
それを菜緒に伝えれば、鼻で笑われた。菜緒曰く、陽輔さんの部屋は腐の樹海だそうだ。

「ハニーのお弁当は、誰が作ってるの?」

「僕?僕は、自分でだよ。だって一人暮らしだし。」

僕は高校に入学と同時に田舎から出てきた。実家は山奥で周りに高校がなかったため、遠方の高校を受験することになった。
なるべく実家の近くの高校に受かるように、と思っていたのだが受かったのは今通う私立高校だった。仕方なく、学校のそばのアパートに部屋を借りて住んでいるわけだ。

それなりに慣れれば、一人暮らしも苦にならない。
最初のうちは学校から帰ってきてすぐバイトに行き、くたくたで帰って宿題をしての毎日だった。
しかし今はようやく色々と折り合いをつけれるようになり、今はぼちぼちと頑張っている。

「知らなかったわ。なんで教えてくれなかったの?」

知らなかったことが不服だったのか、菜緒はむすっとした顔で僕は見つめてきた。

「ごめん、ごめん。タイミングがなかっただけだよ。」

「あ、そうだ。…ねぇ、ハニー。お弁当作ってきて。」

「え?でも…姫…」

突然のお願いに僕は戸惑う。
別に作る数が1つ増えるくらいはわけないが、問題は菜緒自身だ。

彼女は他人が作った料理を食べない――いや、食べられない。

過去に色々あったのだと、陽輔さんが教えてくれた。断片的に聞いた菜緒の過去は想像を超えていた。
そう、確かそれからだ。僕が菜緒を姫と呼び、そばにいるようになったのは。

「ハニーの作ったものなら…食べれる気がするのよ。それとも何?私に作るのは不満なわけ?」

「…違うよ。わかった。明日作ってくるよ。姫、何食べたい?」

くしゃりと頭を撫でてやれば、菜緒ははにかんで笑った。
どうやら今日は、女帝様はおやすみのようだ。
ありがたいことこの上ない。

「あ!!美津様みっけーっ!!!」

「げ。出た。」

ぶんぶんと手を振りながら走ってくる早瀬くんに、僕は慌てて立ち上がる。
少しイラッとして、言い返しただけなのだが、あれ以来付きまとわれている。
彼が来る日は、普段の3倍疲れる。
彼は運動神経が無駄によいせいか、足が速い。それから逃げるのは至難の業で、ほぼ全力疾走で何十分も走り続けなければいけないわけだ。

「ハニーもモテモテね。」

「どうせなら女の子にモテたいけどな。」

「……何よ、私じゃ不服ってわけ?私こんなにも愛してるのに。」

逃げようとしている僕の足に菜緒が纏わりついてきた。
ぎゅっと、僕が動けないようにするかのごとくに力を入れる菜緒。

「姫、離して…逃げないと」

「嫌よ。」

「ちょ…頼むから、本当に。」

うふふふ、と不気味に笑う菜緒は完璧にSの顔をしていた。
きっと僕が早瀬くんに何かをされてうんざりしている姿を見て笑いたいのだろう。
女ながらに結構力の強い菜緒に、僕はどうすることもできないまま、早瀬くんを受け入れざるを得なかった。










やはり、女帝様はいつも健在であります。



(美津様ー。)

(ひぃっ!!気色悪い!!)

(ほらほら、ハニー。けなしてあげなさいよ。)

(姫が代わりにやってよ。)

(あら、いいの?このドMくんに私を取られても。)

(…それは………)





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