女帝と僕とその他もろもろ
□その5
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今日姫は学校を休んだ。
なんでも今日はどうしても出席しなければいけないパーティがあるそうだ。
嫌々感たっぷりのメールが届いたのは朝の5時だった。
いかに行きたくないのかを長々とメールにし僕に送ってくるなど、いかにも菜緒らしいと思う。
どこそこの御曹司と会い、見合いまがいのことをすることになるだろうと最後のほうに書かれていたのがいまだに胸に引っかかるが、宝星院家にとってみれば願ってもないことだろう。
いくらトップ企業だからといっても踏ん反り返っていればいいわけではない。
それなりの努力をして、周りのライバルたちを蹴落としたり、協力関係を築いたりときっと会社運営とはものすごく大変なことだろうな、と思う。
それの道具に自分の娘を使うのはいかがなものかと思うが、僕が口を出していい問題では決してないと思う。
これは、僕の知らない世界の問題なのだから。
「ねぇ、八木平くん。」
「ん?」
菜緒がいないため、教室でのんびりと読書をしているとクラスメイトの女子数人が声をかけてきた。
推理小説の山場ともいえる解決シーンを読んでいる時に声をかけられたため、内心イラッとしたが、それはぐっと心の中に押し込めた。
普段まったく声をかけてこない女子たちが一体なんだろうと顔を上げれば、にこにことまるで張り付いたような笑顔で僕を見ていた。
「今日、宝星院さんは?」
「休みだよ。姫に何か用があった?伝えておくけど。」
「ううん。彼女には用はないの。用があるのは、八木平くんだよ。」
なぜか握られた僕の手。
そして異様なまでにの猫撫で声。
きょとんとしていると、たぶんリーダー格だと思われる女子がぐっと近づいてきた。
「あのね。実は私前から、八木平くんのこと好きだったの。」
「…は?」
耳にかかる女子の吐息は、普通の男子ならば悶絶ものだろうが僕には不快なだけだ。
なんせこの手のことはさんざん菜緒にやられ、笑われてきたからだ。
それになぜ好きでもない女に耳に吐息をかけられた程度で興奮しなければならないのか。
その程度で興奮するなど僕のプライドは許さない。
「でも、八木平くんって宝星院さんと付き合ってるんでしょ?」
「いや、僕と姫は友達だよ。男女の関係じゃない。」
そう答えると女子たちは意外そうな顔をした。
もしや僕が姫に惚れて付きまとっていると思っていたのだろうか。
それは、とても心外である。
「じゃあ、私と付き合ってくれる?」
僕の手に指を絡ませながら女子が言った。
それでエロさを出しているつもりなのか。
よく見れば制服も意味不明なくらい着崩していて、スカートなど最早穿いている意味があるのかと思うくらい短い。
「僕、君の名前すら知らないんだけど?君はそんな男と付き合って楽しいの?」
「そんなの付き合ってからいっぱい知ればいいのよ。どう?ダメ?」
この女は、男であれば誰でもいいのだろうか。
そう思うくらい目の前の女子は尻が軽そうだった。
菜緒なら、誰彼構わずこんなことはしない。
悪ふざけであっても自分が“女”であることを利用することは一切しない。
それが彼女のポリシーであり、僕の尊敬するところだ。
「うん、ダメ。」
「な、なんでよ!?」
「女の子は、自分を大切にしなきゃだめだよ。よく知りもしない相手と“とりあえず”で付き合うのもよくないよ。」
やんわりと断ろうとそう言うと、なぜだか泣き出す女子。
やはり女という生き物はよくわからない。
「なんでよ!あんな人を傷つけることしかできない歩く凶器みたな女帝のほうがいいってこと?私本当にあなたのこと好きなのに!」
「…姫の悪口はやめて。」
「なんでよ。あいつのせいで何人自殺しようとしたか知ってるの?あなたもきっと騙されてるのよ!」
「やめて。」
「あの女、八木平くんが優しいからって付け込んでるのよ。あんな奴“消えた”ほうが皆のためよ!」
ばんっという大きな音が教室内に響き渡り、辺りは一気に静まり返る。
音の発信源は、女子ではない。
「そんなことをいう権利はあるのか?」
今僕はものすごく怖い顔をしていると思う。
いつものことだが、菜緒をけなされると僕のストッパーは簡単に外れてしまうのだ。
いわゆる地雷、というやつだ。
目の前の女子たちは怯えて、縮こまっている。
あれほどまでにヒステリックに叫んでいた女子も恐怖で固まっている。
無理のない。普段まったくといっていいほど僕は人前では怒らない。
イラッとして暴言を1、2個吐くくらいはするが、今のように冷たいオーラをまとうことは皆無といってもいい。
「何も知らない奴が、姫をけなすな。消えていいだと?次言ってみろ。」
ぐっと女子の耳元まで顔を寄せ、彼女にしか聞こえない声でつぶやくように言う。
「その口縫い付けて、二度と話せないようにしてやる。」
読みかけの小説をまた開き、何事もなかったかのように僕は読書を再開した。
本当ならもっと怒鳴り散らしてもいいのだが、時間と労力の無駄だと思いやめた。
――ハニー…助けて…――
昔、泣きながら僕にすがってきた菜緒をぼんやりと思い出す。
あの時の菜緒は女帝などではなく、本当に弱り切った女の子だった。
もう二度とあんな思いはさせないと、僕は僕自身に誓っている。
PiPiPiPiPi
携帯の受信がして、メールを開けば渦中の人からだった。
《もう最悪よ。つまらなすぎ。早く、ハニーに会いたいわ。》
メールでは素直な菜緒にくすり、と笑みがこぼれた。
《じゃあ明日のお弁当頑張るからね。タコさんウインナーでも入れようかな。》
そう打ち込み、メールを送信し、また小説の文字列に目を戻す。
奇跡的にキレる
のちに知ったのだが、あの事件(?)で女子の間に八木平フィーバーが来たらしい。
(可愛い顔して、怒るとめっちゃカッコいいのよ。)
(まじで?見たかったわー。)
(やばい。私、惚れちゃったかも。)
(私、八木平くんに怒られたーいっ)
(所謂、ギャップ萌え。)