あやし事務所

□五人ではない五人
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 帰り道だった。黒髪の少年尾神蓮は耳に大きなイヤホンをかけて帰っていた。
「蓮君」
 一人少女がその後ろから呼びかけるのだが気付く気配はない。
「蓮君」
 もう一度呼びかけても気付かない。仕方がないとばかりに少女はため息を吐いてさっと前に回った。にっこりと微笑んだら蓮の動きが止まる。一瞬思考された後、イヤホンが外されていた。
「何」
「蓮君」
「だから、何」
「えっへへ、やっと通じた。先から全然返事してくれないんだもん」
 にこにこと笑う少女に蓮はため息を吐いた。用件を聞いているのに、彼女にそれを言う様子はない。
「それで何なの。沙魔敷猫さん」
 少女、沙魔敷猫はにこにこと笑っている。
「ねえねえ、蓮君。蓮君はいつも帰り道はイヤホンしてるの?危ないよ」
「そうだけど、それが用事」
「うんうん。違う。だけど気になったから。あ、それから」
「ストップ」
 ほおって置けば無駄話だけをしそうな沙魔敷猫を蓮は口を押さえることで止めていた。もがもがと何かを反論している。多分、何するのとか、離せとかだろう。
「無駄話は用件がすんでからやってくれる。全て聞き流すから」
 何という嫌な台詞。でも一本題代は聞いてくれるようだ。
「ハーーイ。でもその前に一つ。蓮君って、真里阿と兄弟? その台詞ついこないだ真里阿にも言われた」
「それはあんたがうっざいからだろ」
「ぁ、酷い。でも、真里阿にも言われたから何とも言えない………」
「で、何の用件なの?」
「ぁ、あのね。こないだのこと御礼言ってなかったから言いに来たの」
「あっそ」
 御礼された割には蓮の態度は冷たい。彼にとってそんなことどうでも良いのだ。別に御礼されるようなことをしたつもりはないのだ。沙魔敷猫にとってはかなり御礼する価値があることだとしても。
 沙魔敷猫が御礼した内容。それはついこないだのある事件のことだ。
 実はこの少女何故か分からないが、売春宿に売られていた。自分から言ったのではない売られていたのだ。そこでどう家に戻ろうかと困っていた時、ある調査の為に訪れた蓮に出会い、今は無事に家に戻れていた。
 その御礼をしに来ているのである。
 同じ部活だからその時でも言いように思えるのだが、それは蓮がその時のことを誰にも話すなと口止めしているので、必然的に御礼するにも誰もいないところでとなる。それが今。余談だが、この状況になる為に沙魔敷猫は実は大変な努力をして、ストーカーをしていたりする。余談だ。
「それだけ、用事は?」
「うん」
「分かった」
 言うやいなや蓮はイヤホンをかけ直していた。
「え! 確かに話はこれだけだけどお話ししようよ」
「イヤ」
「ええ! 良いじゃん」
「イヤ。と言うかあんた帰りこっちじゃないだろう」
「何で分かるの」
「いつも亜梨吹達と反対に言ってるだろうが」
「なるほど。まあ、私の家が何処かは誰も知らないよ」
「意味分からない。俺は今から帰る。一人で帰る。だから、去れ」
「イヤだ」
 蓮がこの少女をふるい落とすのに実に数十分は時間を要した
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