あやし事務所

□零れていた記憶とともに
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時計を見た。後10分で約束の時間になる。そこには人の姿は見えない。近くの市民図書館。最初の待ち合わせ場所はそこではなかったが、後から変更したのだ。と言うか、一方的にされた。その際に、私服で来ることと言われたので、制服で来る気満々だった彼は急遽まともな服の着方を勉強することになったのだ。と言ってもファッション雑誌を読んだだけだが
彼は静かに待っていた。
いつもなら本を手に取るその時をかれは、待つことに費やする。楽しみなわけでは、・・・・・・ない。いや、完璧にないと言えば多分嘘だろう。少しだけ、ほんの少しだけ楽しみに思う心もあった。だから、あの時。それでも、あると言えるぐらいでもないのだ。
彼は深呼吸をした。
自らの姿を見下ろす。いつもの学ランとは違いちゃんとした私服。濃い青のジーンズに、灰色の上着。ドクロにシロツメの花と言う何とも奇妙な絵柄が描かれたそれの上に、黒のパーカーを羽織っている。全体的に黒で落ち着いた感じに纏められているそれは、彼を知る人が見たら驚くことだろう。その装いを見下ろし大丈夫だとばかりに頷く。しっかりとした服装をしているはずだ。
それを何度も気にしながら、彼は待つ。
時刻は遠に過ぎている。だけど待ち人は現れそうになかった。
ため息をついた。落胆はある。でも、やはりかと言う思いも強い。待ち人が来ないことを彼は何となく理解していた。高くくくりあげたポニーテールが揺れる。バラバラに散る黒髪が風景に綺麗に混じりあっていた。ため息をつく。
まだ待っていよう。
もう来ることはないだろうと分かっていても、心は待つ気だ。
彼にはやらなくてはいけないことがたくさんあり、その一つがこれなのだ。彼が思っているだけで本当のことかは分からないけど。
1時間、二時間と時間は過ぎていく。けれど彼は待っていた。
帰れない理由がある。
信じてることがある。
嘘はきっと何処かにあった。でもあの時には嘘はなかった。きっとすべてが本当だった。信じている。信じることができる。
だから、待っている。
きっと来ないと分かっているけど、分かっていたけど、それでももし来た時のために。もし来たら待ったと言う。そして行こうと手を伸ばす。本当は聞かないといけないことがたくさんあるけど、そんなことは全部後にしてただ手を伸ばす。来ても来なくても、約束をした気持ちは本物で、そして、今でも同じ気持ちがあると思うから。だから、楽しみにしているでしていたであろう少女のために手を伸ばす。自分だって少しは楽しみだったと、それを精一杯表すために。手を伸ばす。気持ちを伝えるために、涙を流す少女を止めるために
冷たい涙。
零れた滴。
涙を隠す笑顔。
待ったと言おう。
行こうと言おう。
余計なことは何も言わない。何も聞かない。
ただ笑って過ごそう。
もし来たらの話だけど。
来なかったら、その時はその時で。
ただ1つだけ決めている。
もし来たら、笑って手を伸ばし。少女が行きたいと言っていた場所を行こう。そのために念入りの準備をしてきた。どの順に回るのが良いか、何処に行くのがいいか。チケットも用意して行けるようにしている。遅くなることも分かっているからディナーの予約もして、バッチリと準備をしていた。例え、来ないと分かっていても、もし来た時のために、その数%を捨てないために全部やってきた。手を伸ばせるために。
そうしてずっと待っていた。
ガサガサと木々が揺れる。何かが地を強く踏みつける。
待っていた彼の元に訪れたのは、待ち人の少女ではなく、化け物だった。そして
「何で、」
「どうして」
驚く少女二人の姿。もう仮面をつけていない少女達。二人。中平千に岩永姫。
彼女は彼を蓮を見て、驚いていた。
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