あやし事務所

□雫よ、化け物の中に
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后星と豪雨が目覚めた。それは蓮と優奈が臨也に連れ出され、姫に語られ、蓮が天娜と話してから一日しかたたずに起きた出来事だった。
目覚めた彼等は最初涙を静かに流した。
生きている。その事が嬉しくてでも、同時に悲しかった。生きると言うことはどうしようもなく辛く苦しいことだった。
 彼らにとっては。
そんな彼らを仲間達は押し潰した。どの顔にも涙と笑顔があった。其れを見ると胸が苦しくなった。自分達が望んだこと覚悟はしていた。それでもやっぱりあってくれて良かった。この温もりがあるなら生きていけるきがする。それはみんなが同じはずだった。たった一人を除いたら。
涙と笑顔が溢れる。
それを見ていたのはあやし事務所の面々にもう一人、春陽だった。彼等は一時の仲間とのじゃれあいを見守る。その後に苦しみがあると知っているから。
ある程度、じゃれ終わるのを待つと彼等は后星と豪雨の傍に近付いていた。ただ、春陽だけはそっと遠ざかり、その目を閉じていた。
回りの抱き付いていた仲間たちが離れていき、俺ら別の部屋にいくわと言って去っていく。そいつらの変わりによく知る昔の、そして今も友の奴等が入ってくる。
「原 后星に清水 豪雨で名前は間違いないしゃいよね」
名前を聞いてくるその人に頷いて答える。声はだしたくなかった。
目の前にいるのに二人はその人たちを見ていなかった。見たくなかった。
「聞きたいことがあるんしゃい」
 静かに耳の置くに木霊する言葉に全てを噛みしめながら頷いた。見つめてくる瞳が痛い。
 その瞳に出来るなら嘘つきたかった。
 真実ほど残酷な物はない。
 其れを痛いほど知ってしまった。
 その真実を彼女たちだけには知られたくなかった。
 苦しくて哀しくて辛くて痛くて救いようもない真実だけは。
 其れでも話さなくてはいけない事を彼らは知っていた。今、此処に彼らの仲間はいない。みんな別の所にいる。二人はあの場所に戻り、もう一人は化け物に取り込まれそのまま。きっともう二度とでてこない。でも、其れでも良いかもしれない。そんなのイヤだけど、でも、もう彼女は泣かない死なない。紅い血を見ない。何百回目かの自殺をしない。
 其れはとても素敵な事だ。
 だから、だから……
 彼女の死を望む心を知っているから。死しか望めなくなるほどのつらさを知っているからこそ。
 そんなくだらないほど暗い思考を追い払った。もしこんな事を考えている事がばれたら、目の前にいる友や、ここには居ない仲間に半殺しにされる事は分かっている。彼らは彼らなりのやり方で彼女を守っていた。生きている、たまに暴走しながらも懸命に教えていた。一人なく瞬間、其れを与えないように気付いたら傍にいる。彼らは生かしたかったのだ。例えそれが彼らの為でも。
 失いたくなかったのは、想い出をなくしたくなかったから。
 もう、二度と訪れないあの頃の想い出を……。
 あの日々を思い出す。
 あの日々の終わりに笑ったのは他でもない彼女だった。
『生きるか死ぬか、其れが問題だよね』
 何処かの本から抜き出してきた言葉を言って笑っていたのは彼女だった。あの時彼女がどんな言葉を望んでいたのか其れは今でも分からない。分かっているのはただ一つ。
 ああ、確かに其れが問題だった。
 そして、その答えにあの日の五人が導き出したのは生きるという事で、そして、あの日の彼らが望んでいたのは死で、彼女らが望んでいたのは生だった。結局彼女らに押し負けて俺等は生きていた。そして、あの日から数年たった今同じ問題にたたされた彼らが選んだのはやっぱり死で、彼女らは生だった。変わらない、あの日と同じ答え。そして、変わってしまた答え。
 今の彼らは生きている。
 彼ら自信の意志で。
 なんてなんて愚かなんだろう。生きていても良い事などもはやない事を誰よりも彼ら自信が知っているのに。
 傍にいる大事な人はもう居らず、守りたいと思った小さな子は自分自身が傷つけてきた。
 夢も何もかも壊してきたのは彼ら自身だった。
『生きるか死ぬか、其れが問題だよね』
 あの日、死を選択していたらこんな風にならなかったのだろう。友も傷つかなかった、彼らもあれ以上傷つく事はなかった。あの時彼らは思った。これが最悪の地獄なのだと。だけど、ここ数年、彼らはその過ちに気付いた。
 あれは最悪の地獄などではなかった。あれはあの日はただの入り口にしか過ぎなかった。地獄の入り口にしか。
 あれほど涙したのに、
 あれほど叫びをあげたのに、
 あれほど大事な物を失ったのに、
 でも其れは始まりにしか過ぎなかった。
 彼らはあの日から地獄の中にいる。
 でも、彼らは抜け出した。
 そして、彼女らは今もその中にいる。
 生きると言った。
 迷いはなかった。
 生きてと言った。
 其れは最後の願いだった。
 夢を鼎ってと言った。
 それは最後に託された物だった。
 他人の思いを、自分の思いを叶える為に生きると言った。
 其の言葉の通り彼女は迷わなかった。
 弱さを捨てて、強くなる事だけを望んで、優しささえも捨て去るすべを探していた。
 馬鹿だった。
 あの日の彼らは、
 愚かだった。
 何も知らずただ出口を目指した五人は。
 その先に地獄がある事を知っていたら、
 あの日の中で止まっていたら、
 大事な物を此処まで失う事もなく、そして、大事な物を自らの手で壊す事もなかった。
 罪だけがあの日からずっと積み重なっていく。
 いつか其れはその重みに耐えられなくなって潰れ、倒壊していくのだろう。
 其れは今ではない。
 そして、それから彼らは免れた。
 彼女らは未だその時を待っている。
 五人で生きる。
 始まりのあの日、そう誓ったはずなのに、彼らはもう五人ではなかった。
 何故だろうか……。
 いつからだろうか……。
 倒壊しだした五人のあり方は。
 其れは最初からだった。
 最初から壊れていたのを無理矢理形にしていただけに過ぎない。
 もう戻らない。
 もう五人にはなれない。
 そもそも五人ではなかった。
 何故だろうか。
 何故あの日壊れなかった。
 そしたらこんなにも胸は痛まなかったのに。
『生きるか死ぬか』
 今ならばあの日に戻って死を選択しよう。
 誰が何を言っても死を。
 其処に苦しむ事のない幸せが待っている。
 あの時きっと彼女は知っていた。
 笑った彼女は知っていた。
 ボロボロと涙が零れた。
 その姿を聞きたい事があると言った人たちはただ眺めているだけだった。噛みしめた唇から冷たい物が伝い落ちた。生臭い其れを嘗め取る。そう言えば、この仕草を良く彼女がしていた事を思い出した。癖というか、彼女が良くやる行動の一つだった。
「何を聞きたいんだ」
 声は以外と冷静にでた事を二人して驚いた。
『あんた等、五人組の事を」
 その台詞に彼らは声を吐き出したなくなった。
 五人組じゃない。
 そんな声を。
 五人組ではなかった。決して。仲間だなんだと言っていて、五人は何一つ同じ物を見ていなかった。地獄だけを同じように体験して、其れでも、一方は死をみ、もう一方は生を見、外れ物は別の何かを見ていた。仲間を思っているようで自分だけを見ていた。仲間を助けるのも全てそうする事で自分を守る為だった。仲間なんて単語、似合わないほど自分の為だった。
 其れでも彼らは仲間という。
 仲間として語る。
 同じ物を体験してきたから。
 友の姿が見える。
 彼らの顔はもうすぐで涙にグチャグチャになる。それが予想出来て彼らは唇を一層強くかんだ。
『噛みしめてると痛いでしょ。血が出ると生きてるって感じがするでしょ。それから……痛いと苦しみが和らぐ気がするでしょ。罰せられているって、罰せられてるだから、まだ良いじゃないって思えるでしょ』
 ああ、確かにそうだ。生きてると感じる。
 でも、感じない。
 苦しみが和らいでるなんて感じない。罰せられても罪は消えない。
 あの日から侵し続けた罪は。
 其れでも彼女は良くそう言っていた。懐かしい過去の記憶。
 唾を飲み込む。
 地の味がした。
 あの日の事を言わなくては。
 誰かが悲しむと知っているけど。
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