あやし事務所

□雫よ、化け物に笑え
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 カツリと響いた音に女が振り向いた。
 女の笑みは何が嬉しいの今まで見た事もないほど柔らかく澄んでいた。
「お帰り。良く此処が分かったわね」
 その笑みを向けられた千の背中には怖気が走る。隣の姫はそんな様子もなくただ居静かな苛立ちを見せていた。
「黙って。それより、最初からこれをあなたは求めていたの」
「これ? これってなあに?」
「とぼけないで。分かってるでしょう」
「分かっているわよ」
 くすくすと女の笑い声が響く。
「不老不死。そうなればあなたもきっと楽しいわよ」
 綺麗に女が姫には信じられない。
「巫山戯ないで……」
 怒りを抑え込んだ声が感情を殺そうとした姫から出ていく。不老不死になど彼女はなりたくなかった。それは千も同じだった。夢はある。だけど、それは生きている間に叶えられる。不老不死になる理由は何処にもない。彼女たちは用意されている限りの限りある人生を送っていきたかった。
 不老不死として生きる事の哀しみは教わっていたから。
 彼女たちはいつも悲しんでいる横でホッと安堵している自分が居る事を気付いていた。私じゃなくて良かったと。
 だから、不老不死にはなりたくなかった。
 それでもなりかけ、もうなるしかないのであろう姫は理由だけでもと聞きにきたのだ
「どうして、私達を不老不死にするの」
「さあ? どうしてでしょう」
 笑う女に一瞬だけ出てきた言葉を口にする。
「憎いの」
 女の目が瞬く。違ったかと思う。
「どういう事」
「普通の人間である私達が憎いの。だから、こんな風に戦わせて、人を殺させて、苦しい目に遭わせて、それで不老不死にしようとするの。あなたと同じ不老不死の哀しみを知れとでも言うの」
 言葉にしながらそれは何か違うと確信を深めた。言葉を聞いている女がそんな事思いつかなかったように虚をつかれた表情をして、ああ、そんな理由もあるのかという楽しそうな顔をしたから。
「それは良いわね。でも、違うわ。哀しい目とあなた達が言うコドクにしたのは、そんな事の為じゃないわ。コドク自体が不老不死を作るための装置なのよ。殺し会いの中で人びとは怨念を強めていくの。その怨念の中で勝ち上がった人びとはより強い怨念を纏うわ。虫とかを瓶に入れて争うのがあるでしょう。あれの事をコドクというの。私はそれを人でやっているの。強い呪が出来るコドクは、人でやればさらに強い呪が出来て、化け物を呼ぶ。その中に妖怪を混ぜたりすると尚良くなるのよ。百の妖怪の血や妖気を浴びると妖怪になるって話があるのよ。それが本当かどうかは分からないけど、怨念が練り固まったコドクの中でそれが起きればきっと、妖怪とは一段飛び抜けた化け物が産まれるんでしょうね」
 女は語った。その姿は優しくてとても機嫌が良かった。
 逆に姫や千の機嫌は悪くなっていく。機嫌と言うよりは、気分か。
「どうしてそんなに化け物を産み落としたいのよ」
「さあ? どうしてかしら」
 女の笑みから視線が外れる。見たくないと思った。
 そうして外した視線、千は見付けた。
 それは黒い箱だった。
 細長い長方形の箱。人一人は入れそうなその箱は女がとても大切にし、何処に行くにも連れ歩いているものだ。
 それを見付けた千はある言葉を口に出してしまった。
「もしかして、その箱の中身が関係するのか」
 女の顔から表情が消え去る。
 当たっているのだ。
 黒い箱を隠すように女が自然な動きで動くが、だが、注目が集まってしまった今、それは逆に不自然に移る。
「そうなのね」
 姫が言う。
「それが理由なの」
 姫も千もその箱を凝視していた。中身が何かは知らない。女は一度も見せてくれなかった。誰かが居る前でその箱を開ける事もなく、箱の中身の話をする事もなかった。
「その箱には一体何が入っているの」
 聞いてしまう千に冷たい女の目が向く。
 いつも狂ったように笑っていた女の笑顔がない。
「そんな事、知らなくって良いのよ。あなた達は言われた事をやっていればいい」
 嫌だと言いたかった。教えろと詰め寄りたかった。
 だが、冷ややかな女の瞳にこれ以上言葉にしようものなら殺されると感じて言わないでおいておく事にした。
 殺されたくはないから。
「行きなさい」
「はい」
 言葉にしてもう二つ聞きに来たのだと思い出した。
「あなたは何時今回の遊びを終わらせるつもり」
「さあ? いつかしら。そうね出来る限りのあの子達が産まれたら」
 優しい表情を女がしているのに狂っていると思う。
「じゃあ、あなたはどうしてこんな処にいるの?」
 女がいる場所はデパートの管理室だった。そこのモニターから見える景色だけを見ている。いつもは違うのに。いつもは人の入れない空間で自分の力を使って見ているのに。
 女がくすくすと笑う。
「今日は記念すべき日になるのよ
 だから私は此処で騒動の音を直接聞くのよ。
 今日は記念すべき日になるの」
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