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□弱った君が愛しくて
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季節は冬


凍てつくような寒さの中
氷室は日用品の買い出しの帰りで
一人寮に向かって歩いていた



「全く敦のやつ…しょうがないな」



というのは、彼がこの寒さの中外に出るのが嫌だと駄々をこねたので、仕方なく自分が行く羽目になっているというわけだ

まぁ自分も買いたいものがあったし
氷室自身アメリカにいた頃の冬季の寒さに比べれば何てことはなかったので少し甘やかしすぎかとは思ったが、その役回りを引き受けた



せめて寮の部屋には取りに来させるか



そんなことを思っていた時
近くの公園でダムダムという何やらボールのような音がしていることに気づく

目線をやると人影が見える
しかしその後ろ姿には見覚えがあった
氷室は軽く溜め息を吐きそちらの方へ足先を向ける





「ナナシ、こんな寒いのに何してるんだ」



くるりと振り返り蔓延の笑みを向けた彼女は、陽泉のバスケ部マネージャーである
性格はかなり旺盛で、もちろんマネージャー業はしっかりとこなしているのだが、ことあるごとにバスケットボールに触れようとする癖があった


マネージャーなのだからバスケくらいプレイ出来るようになりたいという彼女の要望に応じて、教えることになったのは氷室だったのだが
それを機にすっかりバスケの虜になってしまったのだ

夜がどんなに耽っても時間を忘れるほど夢中になったり、ボールさえあればどこだろうと弄ってしまう
お陰でいつからか彼女の世話を焼かないではいられなくなってしまった


今だってこのまま続けていたら
風邪を引いてしまう





「こんな日にそんな服で、外にいたら風邪引くだろ?今日はもうやめて早く家に帰るんだ」



「あーー…あはは
わかったよ、今日はもうやめっ、」


「!!」



ぐらっとナナシの体が傾き慌てて支える



「ご、ごめん!ちょっとバスケに興奮しちゃってて…」



へなっと笑う彼女を訝しげに見る
氷室にしては珍しく少し強引に手を引く



「帰ろう
送っていくから」




ボールを受け取り自分が着ていた上着を脱ぎ彼女の肩にかける
これじゃ氷室が寒いよなんて言ってたけど気にしないでと制した




「歩ける?おぶってあげようか?」



「なんで?大丈夫だよ」



本人は気づいているのだろうか
自分の笑顔が力ないということに



氷室は唐突に手を彼女の額に当てた
しかし、こうも寒いと冷えきった手では正確な温度が計れる筈もなかった
少しためらいつつも、ゆっくりと自らの額を彼女のへと当てる


はっと息を飲む声が微かに聞こえたが
それどころではない事態だ




「やっぱ、熱があるじゃないか」



「まじで…?」



言われて気力が途切れてしまったのか
再びふらりと上体が傾く
ボールが地面に落ちるのも構わず、彼女の体をしっかりと支える

呆れた部分ももちろんあったが
それよりもこのまま症状が悪化しないうちに早く暖めなければと思った


氷室は彼女の前に屈むと、背中に乗るよう促した


「ほら、遠慮しなくていいから」



「で、でも」



「その調子じゃまともに歩けないだろ?」



やがて申し訳なさそうに氷室の首に腕を回して体重を預けてきた
彼女の体温は暖かく不謹慎にも心地よいと思ってしまった
早くなる心拍数は普段滅多に女子の体に触れないからだと言い聞かせる






寮の前に差し掛かったところで
氷室は頭を悩ませる
ナナシは自分と同じ一人で寮暮らしをしている
いつの間にか寝入ってしまったらしい彼女に断りも入れず勝手に部屋に入るわけにはいかない


かといって自分の部屋に連れ込んで寝かせておくことは尚更不健全である気がするが…
彼女と同じ寮暮らしの女友達がいたならばその子に任せる手もあるのだがあいにくそんな宛を知らない




意を決して氷室は足を進めた
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