小説部屋
□素直になる為の処方箋
1ページ/9ページ
事の始まりは老人の一言からだった。
「小僧、お前ももう25なんじゃから、そろそろ身を固めることを考えたらどうじゃ?」
その老人、ウォルターは傍らのソファーに刀を磨きながら寄りかかっていた赤目の男に向かってそう言った。
「…あぁ?」
唐突にそんな言葉を投げかけられた赤目の男、アルベルは刹那に刀を磨くその手を止め、不愉快そうな声でそう返す。
「いきなり何をぬかすと思えば…俺はんな事に興味は無ぇと前から」
「そんな事を言ってももう遅いわい。実は見合いの相手も決まっておる」
自分の言ったことを遮って出たウォルターの言葉に、アルベルはソファーから立ち上がり不愉快を通り越して怒りを爆発させた。
「クソジジイ、何を俺の知らねぇ間に勝手に決めてやがる!」
「見合いは明日の13時からぺター二で行う予定じゃ。
行かぬといっても風雷の兵士数人で押さえつけてでも連れて行くからそのつもりでな。
何せ相手はシーハーツの貴族出身の女子…
お前の我侭で潰していいような見合いではないんじゃよ」
「シーハーツだと…?ジジイ、俺を外交の道具にするつもりか!」
「そう言ってくれるな。
ついでにその女子はなかなかのべっぴんじゃと聞くからのう。悪い様にはならんじゃろ」
「…このクソジジイが…」
人事のように彪豹としているウォルターを見て、アルベルは心底からこの老人を憎々しく思っていた。
勝手に見合いなどという面倒なことを取り決められたせいでもあるのだが、理由は他にもある。
アルベルには既に大切に想っている女がいた。
その女は出会った当初自分にとって倒すべき相手であった上、自分よりも弱い、格下の相手と見ていた。
だが、行動を共にしている内、恐れること無く自分を射抜く紫色の瞳、鮮やかに舞い踊る短い赤髪、
何より自分とは違った強さに、いつのまにか惹かれていた。
その女と自分が特別な関係にあるということはない。
だが、その女以外の女とどうにかなる気など全く無かった。
それ故に今のアルベルにとって見合いというものは、より面倒な行事と化しているのであった。