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□廻る世界で
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「あ……」


8月4日。彼女と歩いた道を辿っていた時、前方から見慣れた帽子を被った女の子が来るのが見え、俺は咄嗟に柱の影に身を潜めた。
この世界では、初めて目にする彼女。


「……シン」


その隣を歩く男の名を、ぽつりと呟いた。


(今回はシンか…)


確か、この前のシンの世界では___
____ズキンッ、と鈍痛が俺の胸を締め付けた。



『犯人は俺じゃねぇよ』



……そうだ。アイツが、アイツが____!!


息を殺して柱に寄りかかる俺に気付く様子はなく、二人は横をすり抜けていった。
ちらりと目をやれば、"A判定?シン、凄い。"そう言ってはにかんだ彼女の顔が見えた。
綺麗で、可愛くて、明るい…笑顔。
事態を理解できないまま胸にナイフを突き立てられた彼女の顔を必死に記憶の隅へと追いやり、今見た笑顔を目に留めようと目を閉じる。
と、同時に。



「____、っ」



両目から、頬へ涙が伝った。…バカだなぁ。泣く資格なんて、俺にはないのに。
例え手にかけた時の人格が俺には制御不能なものだったとしても、ナイフを振るったのは紛れもないこの手なんだ。
だから泣くなんて、そんな事…、そんな事は___


「あの、大丈夫…ですか?」

「………え」


差し出された見覚えのあるフリルのハンカチに、聞き慣れた澄んだ声。
顔を上げると、そこには………月妃がいた。


「ごめんなさい、突然。でも、すごく……つらそうだったので。良かったら、これ」

「え……あ、ありが………って、え!!こ、これっ、キミっ…!?」

「…?」

「気持ちは嬉しいっ、けど…いけません!キミは優し過ぎます!こんな路上の怪しい男に声をかけちゃダメですっ」

「怪しいなんてそんな…。ご、ごめん…なさい?」


小首を傾げてこちらを見上げてくる彼女に、トクンッ、と。胸が高鳴る。


(っ…いけない、いけない。一緒にいちゃ、危ない)


渡されたハンカチを返そうとした時、シンが声を張って月妃を呼んだ。


「あ…私、人を待たせてるので。これで」

「ま、待って!このハンカチは要らな」

「いえ、まだ頬が濡れてますから使って下さい!いつかまた会えたら、その時は返して下さい!」




「……あぁ、行っちゃった。」


全く、キミは人が良すぎるんだよ。
そんな風に優しくされたら、俺はまた___
あの日々がかえってくるんじゃないか、と。
期待を、してしまう………

____だが、世界はどこまでも残酷だ。
向かい側の敷地の工事に使われていた鉄骨がぐらりと揺れた。強風でも、何かがぶつかったわけでもなく……他でもない、世界の"異物"排除の力によって。
あぁ、何て早い終わり。
それでも俺は、今までのどの世界よりも幸せな気分だった。
彼女の瞳に俺が映った。
言葉を交わせた。
懐かしい花の香りがした。
笑顔が見られた。
もう二度と話す事はない、動く事はない…はずだった、彼女の。
それらを綺麗に胸に閉じ込めるように、借りたハンカチをギュッと両手で握った。


「ごめんね、ハンカチは…返せそうにない」


どうか、どうか。
彼女とシンが幸せになりますように。
願わくば、次の世界のキミも_____笑顔でいてくれていますように。



















真っ赤に染まった路上に潰れた男の死体が転がっている惨状を見て、工事現場の作業員達は皆言葉をなくした。
そんな目も当てられない姿の人間の両の手の中からのぞいている、淡いピンク色のハンカチ。
ただ一つ、血にまみれず儚く残っているそのハンカチに込められた男の想いを知る者は、その世界に誰一人としていなかった。













* f i n *

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