シンさんの飼い犬

□大好きな…
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目の前には大きな扉。
隙間からはいつもイイニオイが漂うそれを見上げる。
「…」
強めのノックを2〜3回。耳を澄ます。
トトトト…と規則正しかった音が途絶え、ゆったりした足音が近づく。
数歩後退ると、ガチャリと扉がゆっくり開き。
大好きな優しい瞳が、自分を見下ろした。

「どうした?」
尋ねられ、いつものように手足をきちんと揃えて座り、船上で一番背の高いその人を見上げる。
「…シンのオヤツか」
返事代わりにパタパタと旗を振ると、頭を軽くぽんぽんと、撫でるように叩かれた。
この人の手は大好きだ。
大きくて温かくて、いつも色んなニオイがする。
「偉いな、ミントは」
この人は自分に、いつも屈んで目を合わせてくれる。
「ちょっと待ってろ」
優しい笑顔と声色に、思わずキュンとする。
でも、この人は決して、この扉の内には自分を入れてくれない。
余程のことがない限り自分を抱き上げてくれない。
それでも自分はこの人が大好きだ。
だから、待てと言われたら、あの人の命令がない限り、大人しく待つのだ。

カチャ カチャ、
コポ コポ、
そんな音と一緒に、あの人の大好きな匂いがしてくる。
そろそろかな…。
また足音が近づいてきた。
思わず腰を上げてしまっていたので、慌てて座り直す。
現れた大好きな大きな手にあったのは。
「あんっ!!」
あの人へのオヤツの載ったトレイと、
自分の大好物のクッキーだった。


「…ったく、うるせーよ」
ちぎれんばかりに尾を振り、目をキラキラさせ、耳は後ろへペッタリと倒れ。
これ以上ない、と言わんばかりに歓喜の情を表すミントに、うるせーと言いながらもナギは笑顔を見せた。

ミントがうっかり船荷に紛れ込んでから、もうすぐ2週間。
主従関係がシンとの間に結ばれ信頼関係が構築されつつある中で、ミントの賢さに皆は舌を巻いていた。
今のも、その1つ。
呆れるほどに行儀良く、待つということを厭わない。
厨房へ入るな というルールも、一度叱っただけでキッチリ守るようになった。
無駄吠えもしない。自分に用事がある時も、先ず、まるでノックするかのように前肢で扉を掻いて合図する。
そのくせ、取り澄ました様子は無く、ミント用にと作ったクッキーなどやろうものなら、先ほどのように可愛い反応をする。
「……」
わしわしとかいぐりしたい、その小さな身体を抱き上げたい、という思いが無いわけではなかったが、あいにく両手は塞がっている上、既にミントはシンのものだ。
「ほら」
ミント用のクッキーを幾つか、袋に入れて差し出すと、ぱく、と咥えてミントは腰を上げた。
「行くか」
さすがにシンの物はミントには運べないので自分が持って行くのだが、シンが今どこに居るかは知らないので、ミントに先導させる。
ほどなく操舵室へと辿り着くと、シンが振り向いた。
「悪いな」
「いや、別に」
そして足下に居るミントに、
「…ミント。お前はまたナギに強請ったのか」
低い声で睨み下ろす。
シンのすぐ足下へにじり寄ってぽとりと袋を落とすと、ミントは伏せてシンを見上げた。
ちょろちょろとシッポの先が小さく振られている。
(…ったくシンのヤツも、素直なんだか素直じゃねぇんだか…)
無言で睨み下ろしてはいるが、ちっとも怒ってなどいないのは、他の者には手に取るようにわかるのだ。
可愛いミントを餌付けされて面白くないのが半分、ミントをからかって楽しんでるのが半分、といったところだろう。
「…ミントが悪いんじゃねえよ。」
そう言って背を向けると、トレイと一緒にミント専用にした皿を置く。
「あとで回収に来る」
そう言い置いて、操舵室を後にした。

(…本当はミントと一緒に休憩するのが楽しみなくせに…本当に素直じゃねえ。)
それでもミントの嬉しがるあの様子を見るために、また自分は何かしら用意をするのだろう。
「やれやれ」
誰にともなく呟いて。
ナギは仕込みを再開したのだった。

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