シンさんの飼い犬

□午睡
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トコトコトコトコ……

広い、あまりにも広い板張りの上を、一番向こうまで。
ところどころに置いてある、いろいろな物の蔭にも目を配りながら歩く。
見上げれば空。そして、高い高い、柱。柱にはためく大きな白い布。
その先からちょっとだけ今見えたのは、明るい茶色と綺麗な赤。
(…今日の見張り当番は、トワお兄ちゃんだったっけ)
彼ならきっと、きちんと仕事を頑張る人だから、甲板も異常ないだろう。
そう思いつつ、日課にもなっている見回りを続ける。
フラフラ歩くジャラジャラしてる人とか、うっかり隠れていても困るし。
ネズミとか見つけたら、ナギさんか先生に知らせないと。
フンフンと、風に乗るニオイを確認しながら進む。
と。
(……このニオイ……)
ニオイの元を探る。
(きっと、あの樽の向こうだ…)
ビンゴ。
明るい金髪が、自分の目線とさほど変わらない高さで、静かに風に揺れている。
(ほんっとにこの人は、懲りないなぁー)
おおかた、剣の稽古でもして、休憩がてら昼寝してしまったのだろう。
自分の気配に、目を覚ます様子も無い。
意外にも端正過ぎるほど端正な顔を、しげしげと見下ろす。
(黙っていれば、じっとしてれば、王子様なのになぁ…)
一番賑やかで、一番優しくなくて、一番シンさんとケンカしてて、一番シンさんのお気に入り。
(いや、一番お気に入り、は違うよね♪)
ちょっとだけ訂正。シンさんの二番目のお気に入りだ。
すぅすぅと無防備な様子をいいことに、いつもよりぐっと距離を詰めてみる。
先ずは、自分のよく見知っている足元から順番に。
いつも鼻先で揺れて気になる、赤い腰巻きとか、
だらしなくはだけてる胸元とか、
何もかも愛しいあの人とは対照的だ。
(……)
そして。
ドキドキしながら、そっと、抱えるように置かれたソレに近づいてみる。
ゴツゴツとした大きな手が握る 柄。
(……あれ?)
くんくん と鼻を近づけてみる。
やっぱり。思ったより、
(…ハヤテくさい。)
もっと、血のニオイがするのかと、思ってたのに。
その先の、思ってたよりずっと巾の広い刀身を、嗅いでみる。
もちろん剥き身じゃ無い、鞘には納まっているけど。
(…意外だ…)
こっちも、血のニオイが、ほとんどしない。
鉄のニオイはもちろんするけど、血のニオイは無いと言ってもいいくらいだ。
それよりも。
(ちゃんと、手入れしてるんだぁ…)
油の、ニオイが、する。
あの人がいつもしている、銃の手入れの時と、似たニオイ。
(へぇー…)
脳天気にだらしなく眠りこけている顔を見下ろす。
(あのハヤテが、ねぇ。)
散らかり放題の部屋を思い起こす。
あんな空間の、いったい何処で、剣の手入れをするのだろう?
ドタバタと騒がしく、繊細 という言葉とは程遠いハヤテの毎日からは想像出来ない。
トワお兄ちゃんと剣の稽古をしている時も、
乗り込んできた敵と戦って剣を振るっている時も、
一番賑やかで、怪我してる人たちよりも一番騒がしくて。
無口に何かに取り組んでいる姿なんて、想像出来ない。
(あ、でも…)
だけれど確かに、この剣を粗末に扱っているところを見たことはないかも。
(鼻先を近づけるだけでも「触んじゃねえっ!」って怒られたもんな…)
あれは、いつもの意地悪かと思ってたのだけど。
本当は違うのかも知れない…。


「見張り、交代の時間です!」
急に耳に飛び込んできたトワお兄ちゃんの声に、ハッとする。
(…しまったッ!)
ガバっと身を起こすと、甲板に自分の影が長く映っていた。
(〜〜〜あたしってば寝ちゃってたっ!?)
ぶるると身震いして傍らを見やると、大口開けて大の字で寝てるハヤテ。
どうやら、ハヤテ観察をしている途中で、うっかり隣で寝入ってしまってたらしい。
(よりによって、ハヤテに添い寝なんてっ、あたしのバカっ!)
「ぅわんッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
動揺と悔しさと綯い交ぜの心情を、隠すように。
八つ当たり的 渾身の一撃、をハヤテにお見舞いしたのだった。

「お前っ…もうちょっとお淑やかな起こし方は出来ねぇのかよっ!」
(アンタがそんなところで寝てるのが間違ってるのよッ!)
いろいろとある恥ずかしいことは全部うっちゃって、
耳を押さえながら目を白黒させてるハヤテを見上げ、盛大に鼻息をつく。
「…んだよ、かわいくねーなっ。」
目を逸らしボソッと呟くと、その2本の剣を腰に差し、ハヤテは立ち上がった。
「あー、腹減ったー! ナギ兄っ、何かオヤツくれよーっ!」
大股でドカドカと厨房へと向かう後ろ姿を見送る。
(……。やっぱりハヤテは所詮ハヤテかも。)
興味は残るものの、確かめる術も無く。
(さて。シンさんのお手伝いをしないと!)
愛するあの人の元へと、向かったのだった。


<FIN>




※犬には、色は見えない(モノクロの世界)と聞いたことがありますが、それはそれで。
※次ページ、おまけがありまっす♪

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