よろず小説
□マテパ小説
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俺さ、よく分かんないんだけど…ハワードに、触れてみたいんだ。
あいつに言ったら、また「からかうなっ」って怒られそうだけどさ。
でも、どういう風に触れてみたいんだろう?
そこがいまいちわかんないんだよなぁ。
手を握りたいとか、そんなんじゃなくて…ただ単に、あの背中に触れたいんだ。
俺よりも広くて…何ていうんだ?
「頼りがいがある」って言うのかな?
「…どうしたんだ王子、ペンが止まってるぞ?」
「え?ああ、うん…」
ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒されて、現実に引き返される。
慌てて、カリカリ…とペンを走らせるものの、自分がどの問題をやっていたのかが分からない。
手が、止まってしまう。
その様子を横で見ていたハワードが、盛大な溜息を吐いた。
「どうせ他事考えてたんだろ?また一からやり直しだな…36ページ、メモリア産業についてからやるぞ…って、おい、聞いてるのか?」
ボー…っと、意識が離れかけている彼を心配して、ハワードの手がグリンの肩を掴んで揺する。
引き寄せられたため、二人の顔の距離が自然と近くなり、グリンは動揺で頬を染める。
先程から様子がおかしいグリンに、ハワードは首を傾げ、赤く染まっている顔を、じぃっ…と覗き込んだ。
「どうした、風邪でもひいたのか?顔が赤いぞ」
「うっ…」
おずおずと額に伸ばされた彼の手を無言で優しく払い、グリンはプイっと顔をを逸らしてしまう。
そらした理由は、他でもない。
顔が赤色しているのが、自分でもわかったからだ。
「な、なんでもないよ」
素っ気無い言葉なのに、何処か熱がこもったグリンの声。
その対応は、いつもの彼と比べると明らかに別人だ。
これはいくら鈍感な人間でも「何だかおかしいな」「何かあったのかな」と気付くだろう。
グリンが自分に嘘をついている事に、ハワードも薄々気付いていた。
しかしハワードは、その彼のツンとした態度から「何か嫌われるような事を自分はしただろうか」と、間違えて汲み取ってしまったらしい。
いつもは見せないグリンの態度に戸惑い、ハワードは視線が合うようにしゃがんで彼の顔を覗き込んだ。
「…王子、悩み事でもあるのか?俺、一応お前の教育係だからさ、何か悩み事があるなら言いな?」
心配そうな表情をした彼が、真っ直ぐ自分を見つめている。
…悩み事?
これは悩み事なのか?
「…ハワードの事で」
「まさか、まだ前の護衛での失敗のこと根に持ってるのか?」
護衛の失敗というのは、近日、町中で女神の三十指の一人である「メイプルソン」と戦った時の事だろう。
「違う、そんな事気にしてないから」
「じゃあ、何の事だ?」
「それは…」
ガタンと椅子から立ち上がって、数歩、彼の元へと駆け寄る。
ハワードがどう思うかわからないけど…今、伝えなくちゃいけないような気がして。
「…王子!?」
頭の上から声がする。
俺は、ハワードに抱きついていた。
「からかうなよ」という言葉を言われたくなくて、無我夢中で抱きつく。
「王子…」
「ずっと、ハワードに触れたかったんだ」
「で、でも俺…」
ハワードは動揺し、しどろもどろしている。
遠慮がちに、あいていた背中へと腕がまわされる。
ハワードの匂いが、ふわりと揺れた。
「地位とかそんなのはいいから…」
声が、震える。
伝われ。
伝わって。
「俺のこと、好き?」
その言葉を口にした途端、ボロリと真珠のような大粒の涙が溢れ、頬を伝った。
「王子…」
その答えとばかりに、泣くグリンを、ハワードは強く抱き締めた。
身長差で、ハワードの声が頭上から聞こえてくる。
ハワードは、そっ…と抱き締めていた手を離し、涙を流すグリンの顔を苦笑しながらのぞきこむ。
いつもはキリリとしている眉が、今は穏やかだ。
「俺も…王子に…グリンに触れたかった」
ポロポロと泣いているグリンの涙を、指でそっ…と拭ってやる。
「でも、怖くて出来なかったんだよ…お前に…嫌われるんじゃないかと」
そう言ったハワードの表情は、とても苦しそうだった。
グリンの側にいなくてはいけない自分の立場。
それは、彼の教育係として。
護衛係として。
だけど…いや、だからなのか。
ハワードも何時からか、グリンに対して感情を抱く様になっていた。
最初は親子に似たような感情。
そしてそれは、友情へと変化していき。
今に至っては愛情に。
実はハワードも、グリンと同じく悩んでいた。
しかしそれを口にしたら、王子の側にいられなくなるのではないかと思い、口には、出さなかったのだ。
「王子に恋愛感情を抱くなんて…はは、教育係失格だな」
そう苦笑いするハワードに、グリンはそっ…と手を差し出した。
「それはお互い様だろ…?護衛係に恋するなんて王子失格だよな」
差し出された手をとり、ハワードは小さく笑う。
「失格者同士、仲良くしよう」
そう小声で言い、手の甲に口付けした。
end.
2007.3.18 白井氏ゆきの