小説:ボーボボ

□短篇小説置き場1
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漆黒の闇に包まれたサイバーシティの中心に聳え建つ、巨大な塔。
淀んだ世界の中で、今夜も少年は己の任務を遂行した。

心が擦り切れる、自分の意思なのかさえ解らなくなる。
それが何なのかは、絶対に理解してはいけない。






「…は……げほっ……」

ジャラッ…と足を動かす毎に、耳障りな音を立てる腰に回した三連のチェーンベルトが、何時もよりも重たく感じる。
荒い息遣いで歩く一つの「影」は、まるで糸の切れた操り人形のように、ドサッ…とその場に膝をついた。

都市の核として燃える黒太陽の光に照らされた少年の髪は、鮮やかで艶のある紅色。
そして、彼の整った顔は、辛そうに歪んでいる。
口内を切ったのだろうか、彼の口元には、その髪に引けをとらない鮮やかな紅が、じわりと滲んでいた。


「……………っ」

膝をついた姿で、少年は自らの肩をそっと抱き寄せる。
まるで己を慰めるかの様にまわしたその手は、小さく震えていた。

電脳6闘騎士の総長、詩人。
彼の同胞達が寝静まった後、詩人にだけ命じられている「仕事」が待っている。
漸くそれを終わらせた彼は、最上階からこの階へと降りてきた…まぁそんなところだ。

──だが、その仕事を終えた後の彼の様子は、昼間のそれと幾分も違う。

例えば、洋服。
ユニオンジャックを彷彿とさせる洒落た前開きの上着は、無残にも大きく裂けて、既にただの布切れと化していた。
袖を通す事も適わなくなったそれは、もう上着としての機能を為さない。。
少年は「かつて上着だったもの」をマントの様にして羽織り、肌を隠す。
そのきめ細やかな肌には、戦闘で出来たモノとは明らかに違う傷が、無数に浮かんでいた。

何時までも其処に留まっている訳にも行かず、詩人は己を抱いていた手を離し、その場から立ち上がる。
だが、少年の足取りは、今にも倒れそうな位に危うく、数歩進んだだけでヨロめいてしまった。
それでも、半ば引き摺る様にして、離れにある自分の部屋へと向かう詩人。
──その綺麗な紅の瞳は、今にもハラリと零れ落ちそうな雫を、湛えていた。

詩人の為す「仕事」。
それは決して他言する事を許されず、そして、休む事さえ許されていない。
どの様な仕事なのか?
それは──詩人が[帝王]の[部下]になったあの日から、殆ど毎日の様に強要されている[帝王の性欲処理係]である。
その仕事は、何の前触れもなく突如始まった。

電脳6闘騎士に選ばれたものの、まだ総長の座に就いていなかった13歳の頃。
既にゴシック真拳を修得し、その若さにしては恐ろしい程の才能を秘めていたのだが、まだ帝王に一人前として認められていなかったのだろうか──詩人には、処刑以外の重要な仕事は任されていなかった。
それに、彼の周りには己より年が上の人ばかり。
立場上は同僚である他の電脳6闘騎士達とも、友好的な人間関係を築く事さえ出来て居なかった。

しかしその中で、一人だけ詩人が心から信頼する事が出来る相手が居た。
両親を失った少年を気に掛け、理由も無いのに何かと面倒を見てくれていた、Jである。
詩人が、このサイバーステーションに迎えられた5歳の頃から、彼は少年に父性的な愛情を注ぎ、ずっと面倒を見てきたのだ。
どんな雑務もやってのけ、愚痴の1つさえ吐かずに働き、他人と顔を合わせる時は、何時も穏やかな笑顔を浮かべている詩人──。
懸命に生きようとする5歳の少年の姿は、Jの胸を強く打った。


そんなある日──
詩人に"帝王直属の命令"が出された。


[J!ボクね、ギガ様からお仕事が貰えたんだ!]

満面の笑顔を浮かべて喜ぶ詩人。
相当嬉しかったらしく、彼の息は弾み、頬は少し紅色している。

[良かったですね、詩人]

当時、総長を勤めていたJは、そんな詩人の頭を優しく撫でながら誉めた。
若干13歳にして、恐ろしい程に才能を秘めていた彼の功績が、漸くあの帝王に認められたのだと…Jは純粋に喜ぶ。
それ故に、彼は詩人に与えられた[仕事の内容]を深く知ろうとはしなかった。

──しかし。
詩人に与えられた[初めての仕事]は、彼等の思い描いたようなモノでは決して無い。
それは余りにも残酷な[任務]であった。
幼い詩人に与えられた仕事は。

[帝王の性欲処理]である───

性の知識に疎く、全く耐性が無い。
献身的で従順。
13歳の少年とは言え、彼の顔立ちはギガの美的センスに丁度当てはまったたのだろう。
相手は帝王、自分は部下──
それを考えれば、抵抗する事さえ許されなかった。

無垢で、あどけなかった少年は、帝王の暴力的な欲によって、緋色に染めあげられていく。
押し寄せてくる痛みと恐怖、そして僅かに感じてしまったヒトカケラの快楽が、己を責め立て続けた──


初めての行為による恐怖、同時に押し寄る苦痛と快楽。
例え抱かれる側だとしても、帝王を色欲に染めてしまった自分への背徳感。
そんな汚れた身体に、明日からJを触れさせてしまう罪悪感。

そして。
貞操を奪われた憎悪──

めまぐるしく、様々な感情が詩人の中で渦巻いた。
純粋で真面目で、そして「思春期」という一番心の状態が不安定な時期にいた詩人にとって、望まない相手との性交為は、自尊心を傷付けるには余りにも十分すぎる。

ギガの色欲に足を捕まれ。
今にも溺れそうになる詩人。
身体との意識を切り離す様に目を瞑り、広がる暗闇の中で助けを乞いた。

(助けて!)

想い人へと向けた声は。

(ボクを助けて!)

決して届かない───



そんな、初めての契りから早4年。
ゴシック真拳をマスターした後、Jの後続として電脳6闘騎士の総長の地位に座してから、詩人を取り巻く状況は、大きく変化した。

[小僧]と軽薄していた彼を、皆が敬い恐れる。
それはしたっぱだけでは無い。
他の電脳6闘騎士達も、名前では無く[総長]と呼んだ。
勿論、Jも詩人を[総長]と呼ぶ様になった。
頭も撫でられず、名も呼ばれない──お互いの立場を考えれば、それは致し方ない事…そう、頭では理解していた。
…だが、何処と無くもやもやした彼の気持ちは、変わらない。

それは、何とも言い表わし辛い感情だった。
色で例えるならば、宵闇の様な漆黒だろう。
形で例えるならば、何でもゴチャゴチャに巻き込む渦巻の様に似ていた。
その感情は、詩人の精神をこれでもかという程に乱すのだから、日中は平然を取り繕うものの、夜が訪れる度に、彼の心は背徳感と混乱に歪まされた。
名を付けるとしたら…それはきっと、[淋しい]という感情なのだろう。
ふと息を吐く合間にも襲い掛かる、圧倒的な虚無感と絶望感が、淋しさを生んで。
真綿で首を優しく締め上げるように、詩人をジリジリと苦しめ続けている。

その辛さから逃れたくて、詩人は感情の矛先を[処刑]に向けた。
部屋中を巨大な本に生め尽くされた、自分だけの場所で、日々送られてくる何十人もの脱走者を、顔色ひとつ変えずに処刑し続ける。
紅に染まりながらも、拭いもせずに狩り続けるその姿は、まるで[地獄の門番ケルベロス]の様だ。
この場所へ入った者は、老若男女関係無く、絶対に逃しはしない。
願いと絶望と恐怖の入り混じった悲鳴に耳を塞いで、淡々と人の命を喰らう。それが己に与えられた任務なのだから。

これから彼の手によって死に誘われる者達には、何も救いの手立ては残されていない。
何故ならば、紅に染まった処刑執行人は[無情]を通していたからだ。
だが、決して少年が他人を尊ぶ心を棄てた訳では無い。
心の器に注いだ紅茶に映りこむ魂は、何時も波模様を浮かべていた。
[無情]に徹しなければ、この波はさらに強くなる。
遅かれ早かれ、きっとこの紅茶は器から溢れ出る──それは、詩人の心が壊れる事を意味していた。

今も詩人の心は、人知れず悲鳴をあげている。
それはまるで、暗闇へ置き去りにされた幼子が、光である己の母を探すように。
ひたすら助けを求め、前も後ろも解らない世界の中で、亡霊の様にずっと彷徨っている。
そして今、彼は崩れそうな所まで追い詰められてしまった。
彼の心が、これ以上蝕まれてしまったら…もう、普通の人間として、この世に存在する事は出来なくなるだろうと、本能が悟っている。

だからと言って、詩人には何も出来ない。
帝王に逆らう事も。
この事を他言する事も。
そして
誰かに助けを求める事も。


己が、囚人達に下してきた無慈悲な断罪の様に。
救いの手立ては、もう無い。




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