小説:ボーボボ

□短篇小説置き場1
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「お待ちなさい!」


ぐいっ!!

(あれっ…?)

途端、視界がぐらりと揺れて、軽い衝撃と共に、身体が反転する。
紅蓮色の瞳には、何処までも続いてるかの様な錯覚に陥りそうな暗黒の高い天井と、Jの顔が映った。

詩人は、Jによってソファーに押し倒されていたのだ。


「じっ…J!?いきなり何を!」

詩人は不安な表情を浮かべ、自分の上に覆いかぶさっているJの顔を覗き込む。
サングラス越しでは、彼の表情を伺う事が出来ない。
Jは黙ったまま、詩人が羽織っている[かつて上着だったモノ]に触れた。


「この服はどうされたのですか…?夕食を御一緒した時には、このような姿では無かったはずです」

「…!」

Jの核心をついた問いに、詩人の表情が固まる。
そんな事、言える訳が無いじゃないか。
己が毎夜、ギガ様に抱かれているだなんて。

Jに、テレポーテーションで送られた後に───


「あの…これは……っ」

詩人は、答えられなかった。
表情を濁し、ただ黙り俯く。


「貴方が答えないなら…私が調べます…が?」

何時までもたっても話そうとしない詩人の態度に、ふうっ……と小さなため息を吐き。
Jは真相を知るため今にも布切れになってしまいそうな、彼の上着を掴んだ。


「…!やっ…駄目!止めて!お願いっ!」

その行動に、我に返った詩人は、上着を脱がそうとするJに必死で抵抗する。
──体格的には勿論の事、力も実力も、Jの方が勝っているのだ。
どれだけ抵抗したとしても、それは全く無意味なのにも構わず、詩人は彼の胸板をバンバン叩き、ジタバタと暴れる。

絶対に見られる訳にはいかない。
だって、Jに上着の中を見られてしまえば──

(僕は…また独りぼっちになるんだ)


詩人の抵抗は止まない。
幾ら己の力が勝っていたとしても、辛いものがある。

(こう抵抗されては仕方無い)

Jは腹を括り、強行手段に出る事にした。
5歳から世話をしてきた詩人との思い出が脳裏を過る。
何時も己を信じていた彼を[裏切る行為]をしようとする自分に、激しい罪悪感を感じた──




「やめて!お願いやめっ───」

反論しようと開いた口を、少し乱暴にJに塞がれる。
呆気にとられていると、何時の間にか口内にJの舌が侵入してきて、詩人の柔らかな舌を絡めとった。
突然の出来事に思考がついていかず、頭の中が真っ白になる。
逃げようにも、この体勢では身体を引く事も出来ない事位、詩人も解っていた。

そして、さらなる罪悪感が心を埋め尽くす。
それは、詩人が最も恐れていた事。


[遂にボクは、Jを汚してしまった]


口付けが嫌なのかと言われれば嘘になる。
あれだけ恋い焦がれた人からされるキスが、嫌な訳が無い。

だが、己は汚れた身なのだ。
別の男のイロに染められ。
そしてイロの快楽に堕ちた、汚らしい身体───

このまま口を繋いでいては、もっとJが汚れてしまう。
なんとか止めさせたいのに、口が塞がれた為に何も言えず、只、彼のなすがまま。
閉じた目蓋の端から、贖罪の涙が流れた──


「……ふっ…んぅっ……あふっ…」

一方、鼻にかかった声をもらす詩人に、Jはただならぬ罪悪感にかられていた。
幾ら、衝動に駆られたとは言えど、今まで自分を本当の父親の様に己を慕ってきた詩人を──
無論、性的な目で見た事は今まで一度たりとも無い。
それは本当で、Jも彼を実の息子の様に可愛がってきた。

なのに。


(私は、何をしている?)

幼さを残す詩人を下に組み敷き。
その桜色の唇を啄んでいる。
それは、父と子の関係から大きく逸れた行為だ。


「ふっ…ううん」

ツツー…っと二人の交ざり合った唾液が、詩人の口元から零れる。
頬を伝う涙と、しだいに赤く染まっていく頬が、より詩人の妖美さを引き立てていた。


「ふっ…はっ…」

少しして、Jの深い口付けから解放される。
そして力が抜けてしまった詩人は、Jの行動を、あっさりと許してしまった。


「こ、これは…!?」

彼は、詩人の上着を剥いだ瞬間、その光景に仰天した。

詩人のきめ細かい色白肌には、明らかに処刑や日常で出来たとは思えない無数の打撲痣や、擦り傷切り傷が刻まれていた。
手首には、縄の様なモノできつく縛られた跡が痛々しく浮かび上がっており、そして…。
まるで詩人が[俺の所有物だ]と言わんばかりに、首筋や鎖骨に無数の花が散らされていたのだから。


「あっ……あああ…っ」

一番知られたくなかった人に、秘密を見られてしまった。
そのショックで、詩人の身体はガタガタ震え、怯える目からは、涙が零れた。

それは、先程Jの夢の中に出てきた、幼い頃の詩人と重なる。
彼は暗闇の中で、助けを求めて泣いていた。
なんとか見つけ出し、何処かの痛みを訴える少年を心配して、肩に触れようとしたJを拒否する。

(ボク、汚いから…)

そう呟いた彼は、悲痛な表情を浮かべていた。


「…見られちゃった……ああっ……!!」

次から次へと、ボロボロと涙を零しながら、うわごとの様に呟く詩人。
夢だけではない…目の前に居る詩人も、独りで苦しんでいたのだ。
傷ついた心は、救いを求めて彷徨い続けたが、自分の身体を帝王によって弄ばれている事実など───誰にも話せなかったのだ。
詩人の細長い指が、自身の鎖骨についた紅い斑点へと触れる。
体中の切り傷や打撲痣も、ギガが詩人を無理矢理抱いた際に、欲にまかせ暴力を奮った跡だった。


「…ボク…ボクは、汚れて…しまっているから……

Jが触ったら、君まで…っ」

そう、何度も何度も口にして、ボロボロと涙を流す。
拭っても拭っても、とめどもなく溢れる雫は、傷だらけの白い腕を濡らすだけ。
Jに向けられた、焦点の定まらない瞳。
それは、親を無くした彼が、程なくしてギガステーションに招かれた際に見せた、あの頃の姿に似ていた。
脱け殻の様に日々を過ごしていた彼の、あの表情に。




(…君は、誰?)

(私の名は、Jです。詩人と同じく電脳6闘騎士として此処サイバー都市におります)

(…そう。で、どうして此処に来たの?)

(詩人、お暇ではありませんか?)

(まぁ…暇だけど)

(私が、詩人と遊んで差し上げようと思いまして…)

(…えっ?遊ぶ?)


(ええ。詩人さえ宜しければ)

(…いいよ。遊んであげても)


詩人の両親は、彼が5歳の頃に、帝王であるギガに意義をとなえた為に、電脳6闘騎士の手によって処刑されたのだ。
彼等と友人であり、そして当時総長を務めていた、Jの手によって。
その事実を、詩人は知らない。

否…自ら、真拳によって記憶から消してしまったのだ。
あの時から、彼の運命の歯車は狂い、崩壊は既に始まっていたのだろう。
詩人が迎えられたばかりの頃、Jは、彼の世話を担当している部下から、[詩人が焦点の定まらない瞳をしている]との情報を得た。
彼は苦しんでいる。悲しみも苦しみも、その感情を全て押し殺して。
あの孤独な世界に、独りで居るのだとしたら。

─私は赴こう。彼の処に。

彼の両親を手に掛けた、せめてもの償いに。
その両親と交わした、最期の約束を果たす為に。
成長するにつれて、彼はJに懐いていき、あれ程開いていた距離は、次第に縮まっていく。
そして何時からか、笑顔を浮かべる事もある様になった。
自分を父の様に慕う彼から、何時からか淡い感情が交じり始めたのに気付いたのは12歳の頃。
それは強者への憧れの類であると、Jは己に言い聞かせた。

そんな彼から、また笑顔が消えていく。
それは……13歳。
彼に初任務が言い渡された、あの呪わしい日の翌日から。


(何故、私は詩人の異変に、全く気付かなかった…!)





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