小説:ボーボボ

□短篇小説置き場1
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──ヒトの見る夢は、脆くそして美しい──




「…ソニック!」

パナに、視界認識の異変が現われてから数月が経つ。
春の訪れを知らせる桜の花が、蕾をつける頃の事。
バンジー処刑場に隣接している俺の自室へ、珍しい客人が訪ねに来た。
それは電脳6闘騎士の総長、詩人。
帝王がいた頃は、律儀で事務的な連絡の事でしか来なかった彼ではあったが、最近は何の前触れもなく(否、俺の心構えをする機会も与えずに)此処へ訪ねてくるから、その突然の来客に驚かされるのもしばしばだ。


「すっ、すまん!ちょっと待ってくれ!」

ほぼ反射的にそう口から発して、取り敢えず、乱雑に放置された雑誌を急いで引き出しへ突っ込んだ。
別に見られてマズイ様なモノは決して無いが、仮に上司である彼に、汚い部屋へあがらせる訳にはいかない。
あー、こんなに乱暴に入れては、後で開ける際にどうなるかだとか、そんな事を気にしている場合じゃないだろう。
今は兎に角、訪ねてくれた詩人を部屋へと招き入れるのが先だ。


「もう入っていいぞー」

一通り、散らかっていた雑誌を片付け、一息つく間もなく、扉に向かってそう言った。
失礼します、と丁寧な言葉が聞こえてきて、隔てていた木製の板が開かれる。
詩人はどうやら、俺が先程どうして直ぐに部屋に入れなかったのかを悟った様で、俺に促されて窓際の木椅子に座った後も、口元に手を添えてクスクス笑っていた。

こんな繊細な事で笑える彼が、正直羨ましい。


「すまん、茶も出せなくて」

「いや、お構いなく」


君、紅茶入れられないでしょ?──

詩人に言われて、俺はハッとした。
彼は、俺が紅茶を煎れられない事を知っている。
以前は部下が煎れていたものだから、紅茶の煎れ方なんて全然分からない。
不器用な俺は、パナに教えを乞いたが、何度やっても上手に煎れられなかった。


あの、賑やかな部下達は

今は、もうこの街には居ないんだな──


「そう言えば、何の用で来たんだ?」

「ん…?ああ、これを…ね?」

そう言った彼の手には、綺麗な布の包みが一つ。
コトンと机の上に置くと、その結び目をシュルリと解いた。
すると中から現われたのは、淡い桃色をした曇りガラスの瓶。
ラベルには[銘酒 桜便り]と書かれていた。


「酒か!」

「うん、久し振りに飲もうかなって。僕一人じゃ飲みきれないし…。
それに、お酒は他人と飲んだ方が楽しいからね」

「有難いな、丁度飲みたかった頃だ」

久し振りの酒だ。
俺は逸る気持ちを押さえながら、椅子から立ち上がり、後ろにある戸棚からグラスを二つ取り出す。
ひんやりとした、ガラス独特の冷たさが手の平に広がり、心地よい。

だが、そこで一つ疑問が浮かぶ。


(詩人って、酒呑めたっけ…?)

そう。
今し方、俺の所へ酒を持ってきた彼の事についてだ。
パナや龍牙なら何度もあるし、いつも俺が先に酔い潰れていた。
だが、少なくとも詩人と酒を酌み交わした記憶は無いし、彼はこの電脳6闘騎士の中で唯一、少年の姿をしている。
その事もあってか、彼に対する<酒のイメージ>なるモノが、全く浮かばなかった。


「ソニック、どうかしたの?」

ふと、俺を呼ぶ彼の声が聞こえてきて、俺は思考の世界から呼び戻され、反射的に顔を戸棚から詩人へと向けた。
彼は此方に顔を向け、俺がグラスを持って席に戻ってくるのを待っている様だった。


「…あーすまん!」

短くそう言って、彼の元へと足を進める。
机へと置いたグラスは、俺の手の熱で、ほんのり白く曇っていた。
疑問に思う位ならば、いっその事聞いてしまおうか?
俺は取り繕うのが苦手だ。下手に考えてモヤモヤするのであれば、尋ねて楽になってしまいたい。


「なあ」

「…?どうしたの?」

「詩人って、酒呑めたか?」

そう、何気無く聞いてみる。


「…!」

詩人は俺の質問に、一瞬その紅蓮色の瞳をキョトンとさせたが、その表情は直ぐに何時もの頬笑みへと変わってしまった。
グラスへと伸ばされた砂糖菓子の様に白い彼の指が、それを軽く弄(もてあそ)ぶ。


「少し…嗜む程度なら、僕だって呑めるよ」

「へぇ、そうか」

彼の以外な言葉に、俺はついつい相づちを打ってしまう。
見た目のフォルムこそは少年だが、その様な所(酒を呑める辺り)は、どうやら対応出来ているらしい。
サイバーシティが循環していた頃、彼は俺が全く出来ない(到底理解出来ない)山の様な書類を捌いていたのだという。
ならば、そんな一面が詩人にあっても、別に不自然では無かった。

彼はグラスから手を離し、酒を注ぐ。
春を思わせる、淡い桃色の酒は、グラスの七分目で止まった。
それを差しだされ、俺は受け取る。


「さぁ、呑もうか」

「ああ…!」

二人で乾杯をし、酒を口に運ぶ。
初めて呑む酒ではあったが、ほのかな香りに、程よく甘味があって、実に呑み易い。
成る程、詩人の好みそうな味だ。

ふと、彼の持ってきた酒瓶に書かれていたラベルへと目が行く。
銘酒 桜便り。


「なぁ詩人」

「どうしたの?ソニック」

「今年の桜って、いつ頃咲くんだ?」

「うーん、後一月もすれば咲くんじゃない?」

グラスに残った酒を、ぐいっと飲み干す。

そうか、後一月か。
もうあれからそんなに経ってしまったのだと感じる前に、後少しでサイバー都市にも春が来る事が嬉しかった。
此処、サイバー都市にも、街の外れに桜の木が幾つか植えられている。
突然、花見がしたいと思い立ったギガ様が、御友人のハレクラニ様が運営するハレルヤランドの一角から強奪したそうだが…まぁ今となっては、入手した手段はどうでも良いだろう。
毎年、其処で出来る花見が、仕事だらけの俺達にとって、一時の幸せだった。


「じゃあさ、花見とかしたいよな!他の奴も誘ってさ!」

俺の、何気ない提案。
毎年行われていた、花見の。

だが、何故だろうか。
にこやかな俺とは対照的に、詩人の表情はみるみるうちに曇っていく。

それを、俺は不思議に思った。
別に俺は暗い話をしている訳じゃない。
寧ろこれは、明るい話題ではないのか?

俺が不思議そうにしていると、詩人は手にしていたグラスを机の上に置いて、俯き。
つぐんでいた口を、遠慮がちに開いた。


「…無理だよ」

「…?何が無理なんだ?」

「だって…」



─もう

僕達は────


「僕達は、桜が咲く前に…後一月も保たずに、消えてしまうから」

詩人の言葉に。
俺の背筋に、冷たいモノが伝った────




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