小説:ボーボボ

□短篇小説置き場1
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─人の夢は、儚い───



「…きついな」

俺は、ぐらつく頭を抱えて、とある場所へと足を運ぶ。
ここ数日で、俺の状態はすごぶる悪くなっていた。
考えがまとまらないし、何より体がダルい。
そして、視覚に走る無数のノイズ──

その兆候は、以前からあった。
あの時、パナが感じた視覚の異常が、他でもない最初のサイン。
次第に蝕まれていく記憶。
それは、俺以外の電脳6闘騎士にも及んでいた。
詩人に至っては重症で、もう自分の部屋からの出方さえ解らない状態だと、先程龍牙から無線で知らせが来た。

俺達電脳6闘騎士が生み出される時に、ギガ様によって組み込まれた、最後のプログラム。
その意図が解るからこそ、辛かった。
ヒトとして死ねない俺達へ、ギガ様が遺して下さった、最後の贈り物だから──


月夜の中、俺は自嘲気味に笑いながら、あの場所へと足を進める。
そう、サイバー都市の一角の街外れ。
幾つもの桜が植わっている、あの場所へ。
何となく、あそこに行けば、パナに会える気がしたんだ。
彼は、桜が好きだったから。


パナ───



「……!」

その場所へ着いた時、俺は一瞬自分の目を疑った。
まだ咲いていない筈の桜が、見事な迄に満開で、その花弁達は、月の光に照らされ、白く輝き丘を彩る。
パナの様に、綺麗な。
その夜桜は、今まで俺が長年起動してきた中で、一番の素晴らしさを誇っていた。

ふと俺は、こんな素晴らしい景色を目の前にしていると言うのに、幻なのもしれないと思ってしまう。
何時もならば純粋に桜を楽しめるだろうが、今はそんな気分にはなれなかった。
これは、プログラムの消去が進む中で、魅せてくれた最後の幻想なのかも知れないと。

しかしそんな考えは、直ぐに頭から消えてしまう。
この中で、一番大きな桜の幹の元。
其処に、美しい銀色を見つけた。
ふわふわと花弁が舞散る中、月光を浴びて輝く長い銀色の髪を風で揺らし、それは桜に寄り掛かっている。

間違いない。
あの、後ろ姿は───


「…パナ!」

俺は叫ぶ様にパナの名前を呼び、その桜の元へと駆け寄る。
すると、俺の声に反応する様に、銀色の髪がゆらりと揺れ、其処に居た人物が此方へと振り向いた。


「…ソニック?」

間違いない。
その桜の元に居たのは、やっぱりパナだった。
俺は彼の横に腰を下ろすと、パナを見る。

途端、幻想の世界に居た俺の意識は、再び現実へと呼び戻された。
此方へと向けられたパナの視線に、異変を感じる。
それは、何処と無くぼんやりとしていて、焦点が定まっていないのだ。

俺だけじゃない。
やっぱり、パナも…か。


「パナ、大丈夫か?」

「大丈夫と言いたいが…大丈夫ではないな…」

そう言って苦笑し、空を仰ぐパナ。
彼からの返答を聞く前に、パナが無事では無い事位、俺には解っている。
だが、やはり、一握りの希望を信じたかった。

彼だけは。
パナだけは、このプログラムに巻き込まれていないと思いたかった。
だが、やはり特例は許されなくて、パナにも、俺達と同じくアンインストールが進行している。
どちらが、消去されるのが先だろう──


(…?)

ふと、右肩に僅かな重みを感じる。
不思議に思って其方へ顔を向けると、パナが俺の肩に寄り掛かっていた。


「ぱっ…パナ!?」

「桜より、ソニックに寄り掛かっている方が落ち着くよ」

「そっ、そうなのか?」

「ああ。何故だろう...ソニックの側に居ると、安心するんだ」

顔が熱くなる俺とは対称的に、そう呟きパナは静かに目を細める。
その表情は、死期が迫っている状態だと言うのに、とても幸せそうで──


「消える前に、ソニックに会えて良かったよ」

そんなパナの顔を見ていたら、胸の辺りがギュッと締め付けられた。
どうして彼は、こんなに辛い現実の中で、その様に穏やかな表情が出来るのだろう。

切なさと、ほんのり感じる愛しさ。
伸ばした手の先が、消え入りそうな不安。


パナ───



「…ソニック?」

彼の声が胸元から聞こえて、初めて自分がした事に気付く。
俺は、衝動的にパナを抱き締めていた。


「パナだけは」

「ソニック…?」

「パナだけは、消えないと思っていたのに」

「……」

「どうして、どうしてパナまで消えるんだよ──」

このまま、俺達は消えていくのだろうか。
皆、皆。
明日という淡い幻想を見る事さえ許されずに。


「ソニック」

「どうして…」

「泣かないでよ、ソニック」

そう言いながら、パナの指が俺の目元に触れる。
彼に優しく拭われて、俺は初めて、自分が泣いている事に気付いた。
俺を見上げるパナは、辛そうだけれど、優しく微笑んでいて。
桜の花弁が、ふわふわと静かに舞散っていく。


「それは俺も同じなんだ。
消えていくソニックを助けられない自分が凄く悔しいし、辛い
でもね…やはりこの様な事は、平等に訪れるべきだと思うんだ。
他の電脳6闘騎士達と同じ様に…俺達は運命共同体だから」

「でも」

「有り難う、ソニック。
その気持ち、嬉しいな」

そう言うと、パナは静かに、ソニックの唇へとそれを重ねる。
やわらかい感触。
それはほんの少しの時間だったが、今の俺にとっては、凄く長く感じられた。

そっと唇を離したパナの瞳にも、うっすらと雫を湛えていて。
そしてそれは、もう、光を捉える事が出来ない様に、白く濁っていた。

パナには、俺の姿が見えない───


「パナっ…目が…!」

「ああ…どうやら、俺の方が先にアンインストールされるみたいだね」

すると、次第にパナの全身を淡い光が包み、次第にぼやけていく。
ふわふわと、彼をかたどっていた電子の欠片達が、まるで桜の花びらの様に散り始めた。


「……ソニック」

パナは笑顔を浮かべ、俺の頭を撫でる。
それはまるで、泣いている幼子をあやす様に。

俺の頭に触れた彼の手の質量は、もう感じられない。
先程まで確かにあった、温もりさえも───


「例えアンインストールされても、俺は絶対にソニックの事は忘れないから。
ギガ様が戻られて、インストールされたら、また此処で会おう」

─愛しているよ、ソニック


夜桜の元で感じた温もりは。
まるで、桜の花びらの様に、儚く散っていった───


消える事は決して無いだろう
貴方を抱き締めた温もりは、何時になっても
夜桜の元で感じたそれに
切なくて涙を流した

儚く散っていった想い達は
幻想に包まれて、何時までも続く夢を見る


何時か
また会おう

鮮やかに彩る丘の元
貴方の好きだった
桜舞う
暖かい季節に

きっと───



end.



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