小説:ボーボボ

□短篇小説置き場2
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──それからも、非道な実験は平然と行われた。

邪ティのクローン達は、例えどんなに酷い内容だとしても、研究員の命令に忠実に従い。
そして、反感する意思さえ無い彼女達は、自分達より弱い研究員の手によって最期を迎える。

それを、邪ティは毎回見届けてきた。
目の前で繰り広げられた光景は、目蓋の裏に焼き付いて離れない。
柊の手によって研究施設から脱走した今でも、まるでウロボロスの輪に迷い込んだかの如く、彼女は夢の中で苦しみ続けている。

この夢を見た彼女は、一日中すごぶる機嫌が悪い。
…否、その様な夢を見て、気分が憂鬱にならないモノは、きっと居ないだろう。


[検体番号〇〇〇をダストシュートへ]

「………っ」

突如、背筋を冷たい何かが這う様な感覚に襲われ、ぶるりと身を震わせる。
その寒気に、邪ティは思わず己の肩を抱いた。

ダストシュート──その言葉の意味を、邪ティは知っている。
邪ティの"クローン"である"彼女達"は、弔われる事さえ無いのだ。
結局は"使い捨て"の存在。
実験が終われば"捨てられる"運命に位置付けられた"忌み子"。

彼女達には、名前すら与えられない。
"検体番号"で区別されて、少しでも不具合を起こせば"処分"される。
其処には、人間的な<慈悲>等というモノは、何一つ存在していなかった。

一つの"立派な完成品"を作り出す為に、量産型で様々な実験を繰り返して、不備を出せば、それに適応出来た"次の実験用"の"クローン"を造り。
そして少しずつ、適応した部分を"オリジナル"に埋め込んでいった。
そうする事で、"オリジナル"には何らダメージを与える事も無く、『カゲの世界』に居た頃よりも強くする事が出来る。

そして。
"彼女達"の数えきれない失敗を"足掛かり"として、"唯一の完成品"となった存在。

それが【邪ティ】だった。


[出来損ない共のデータを糧にするのでちゅ。
君だけは、何としても成功させまちゅからね]


まだ、奴の言葉が頭に響く。
この、狂った実験を続けた奴の声が。


「どうして、あんな事したのよ…!」

天井にかざした右手を握り締め、邪ティは吐き捨てるように叫けんだ。

元から彼女は、そんな実験なんかは望んではいなかった。
"自分が強くなる為"だけに生み出され、声を奪われた"彼女達"。
培養器から出され、惨たらしい実験を強じられる。
それが終われば、結果がどうであれ、強制的にその生涯の幕を下ろされるだなんて。
そんな理不尽な生を授けられた事を、"処分"されていった"彼女達"は、果たして理解していたのだろうか。


声帯を退化させられた"作りモノ"の"身体"の"彼女達"

生への執着と死への恐怖を壊された"作りモノ"の"心"の"彼女達"


「やぁ、邪ティ!」

「──!?」

彼女が物思いに耽っていると、突如、部屋の扉が豪快に開き、邪ティは驚いてベッドから飛び起きる。
すると其処には、珍しくコスチュームを纏(まと)っていない柊の姿があった。

一方、邪ティはパジャマ姿。
何時ものクールな彼女からは想像出来ない様な、可愛いひよこ柄である。


「なっ……なな」

「な?」

「部屋に入る時はノック位しなさいよ!このド馬鹿!」

邪ティは、怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、手元にあった枕を投げ付けて突っ込みを入れようとする。
だが、柊はそれをヒョイと簡単に躱(かわ)し、ズカズカと勝手に部屋の中に入ると、あろう事か、邪ティが居るベッドサイドの椅子に腰を掛けたのだ。


「勝手に部屋に入ったのは謝るよ」

「それが謝る人間の態度?しかも言動と行動が矛盾しているわ」

「ははは、ごめんって」

それより…と話題を替えながら、柊は邪ティを見つめる。
その眼差しは真剣で、先程のふざけた態度は何処へ行ったのか、と言わんばかりの急変っぷりだ。
見えない<気配>に圧され、彼女は自然と口をつぐむ。

こういう時の柊は、どうせ"邪ティにとって望まない言葉を投げ掛けてくるに決まっている。
彼に付き合わされたのは、彼女が培養装置から出てから──まだまだ少しの間だが、その短い期間中、今まで十中八九そうだったから。


「邪ティ…また例の夢を見たんだね?」

ほら、やっぱり。
柊の問い掛けに、邪ティは小さく溜め息を吐いた。

繰り返される悪夢の話は、彼に出会ってから少し経った頃に、話した事がある。
あの時の邪ティは、調整が中途半端なまま培養装置から出てしまった為、心が少々不安定だったのだ。

それで、つい彼に話しをしてしまった。

以来、邪ティがご機嫌ナナメな時は<あの夢を見た>のだと、柊に感付かれてしまう。
それが、彼女にとっては厄介極まりない。
黙っていても顔に出るし、元々隠し通せる人間では無い為、どう平然を装ったとしてもバレてしまう。

何故、柊に話してしまったのだろうか?
今更悔やんでも時は戻らないし、無駄なのは解っている。

それに話した所で、夢を見なくなる訳でも無いし、解決する訳でも無い。
何かの答えが得られる訳でも無い。

─それでも、何故か。
柊だけになら。

"話しても良いのではないか"

そう、彼女が何処かで思っているのだとしたら───


暫しの沈黙が室内に流れる。


「…柊」

それに耐えられず、先に言葉を発したのは、邪ティだった。


「うん?」

「アンタは…アタシの事、どう思う?」

膝に置いた両手を握り締め、俯いたまま言葉を紡ぐ邪ティ。
発音はハッキリとしていたが、その台詞は何処と無く弱々しくて。


"アタシの事、どう思う?"

夢の内容を知っている柊は、彼女が言わんとしたその言葉の意味を、何となく理解した。

あの、実験の事だろう。

邪ティが強くなる為…ただそれだけの為に、機械の様に生み出され、名前さえ付けられる事無く。
遺伝子レベルから同じ存在だというのに、最初から邪ティの"糧"になる道しか、"作られた存在"である"彼女達"には、残されていない。
過酷な実験の末に、慈悲無く"処分"されていった数百人の"彼女達の命"を"糧"にして、痛みさえ知らずに、強くなった自分が、どんな厚かましい存在なのか?と。

柊は思う。
きっと、邪ティは狂った世界の中で、一人悩んでいたのではないかと。
【この実験は、いけない事だ】、そして命を無下にされていった"彼女達"を"糧"にして強くなった…そんな自分を"許せない"と。

自身が強くなる…たったそれだけの為に。
数百人の"人間"が、命を落としたのだから。


"彼女達"の受けた数多の"痛み"
散っていった沢山の"命"

それを糧にして、何の痛みも知らずに力を手に入れていった自分自身に、憤りを感じてならないのだろう。

そう言えば、あの研究施設から脱出させた際に、邪ティから聞いた事がある。
彼女達の瞳は、世界の歪みや澱みさえ知らない位に、とても澄んでいた事を。
それは一見すると無表情なのに、何だか悲しそうだという事を。
無機質な天井を仰いで、口を2回パクパクと動かしたひとりの彼女がいて、きっとあの子は死ぬまで天井を「空」だと思っていたという事を。

目の前で散っていった"彼女達"だって。
間違いなく、必死に"生きていた"のだ。
一人たりとて"奴ら"の撃ち込む、そんな"ちっぽけな鉛玉一つ"で、簡単に終わらせて良い人生等では、決して無かったのに。
自分が強くなる為、ただそれだけの実験の食い物にされて、簡単に命を奪われた。
そんな事、良い筈なんか無いのに…培養装置に入れられていた邪ティには、非道な実験を止めさせる事も、そんな"彼女達"を助ける事も出来なくて───

手も足も、ましてや声さえ届かなくなった邪ティには、目の前で起こるその光景を、脳裏に焼き付ける事しか出来なかった。
研究施設の外に出る事も許されず、名前も与えられなくて、息苦しい日陰で花弁を散らせるしかない"彼女達"を、自分だけでも決して忘れない様に。

だけど。
どれだけ忘れなかったとしても。
一方的に命を奪われた彼女達の無念は、きっと報われやしないんだ───




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