小説:ボーボボ

□短篇小説置き場3
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むかし、むかし。
それはボクが、幼かった頃の話だ。



都市の中枢を成す「ギガ・ステーション」。
個性的なそれは、私邸の窓から望む景色の中でも、一際異彩を放っており、他の建造物に埋もれる事など決して無い。
サイバー都市に生を受けてからずっと、この土地に住んでいるというのに、ボクにとってあの場所は「とても遠い存在」だった。
それは、目前のテレビ画面に映しだされた世界と同じ。
ブラウン管には何時も、鮮やかで綺麗な世界が映っているけれど、それが他人によって創られた世界なのか、それとも現実世界を淡々と映し出しているのか、それすらもボクには解らない。
実際に、この手で触れて調べられないのだから。
視界だけでの情報で、全てを知り得る事は限りなく難しい。
コップに注がれた水の温度を、見た目だけで言い当てる事が出来るならば、それはまた別なのかもしれないけれど。


あの日。
ボクは両親に連れられて、今まで外観しか見た事が無かった場所へと、足を踏み入れた。
すると、目の前に広がる様々な設備達が視界へと飛び込んできて、ボクは思わず息を呑む。
多大な数の電機コードや配管が張り巡らされ、基盤の書き込まれたモード壁には、無数の巨大なモニターが嵌め込まれていた。
薄暗い建物の中は、ボクの興味を掻き立てるには充分すぎる程の刺激を投げかけてくる。
昨日まで「とても遠い存在」だった筈なのに、今はこんなにも近い。

父の言付けを頑なに守り、私邸から出る事の無かったボクにとって、ギガ・ステーションとは、正に宝の山と言っても過言ではなかった。
ボクが読んだ本の中に出てくる[研究施設]を思わせる、むき出しの配管やモード壁は、この場所に足を踏み入れる今日まで、全てが作り話だと信じていたというのに。
この偏った考えを、易々と砕いてしまうのだから、実に素晴らしい。

だがその時、ふと視界に何やら禍々しいモノの存在が映り込み、ドクリと鼓動が跳ねる。
それは、鎧と銃で武装した、サイバー都市の兵士達の姿だった。
彼等がサイバー都市を守る兵士であり、中流階級の市民へ危害を加える事も無いのは分かっている。
しかし、何とも言い表せない威圧感を与える姿が、幼い頃のボクにはとても恐ろしいモノに映ってしまった。

先程まで、興味を掻き立てていたモノ達への関心は削がれ、物騒な姿の彼等に気が向いてしまう。


(...早く家に帰りたい)

そう、心の奥底で願った。
しかしボクの思いは、父と母には届かない。
両親はボクの思いに気付かず、兵達の方へと足を進めていく。
最初は両親の後を追ったが、拭えぬ恐怖に負けてしまい、何時しか歩みを止めてしまった。
そうこうしている間にも、父と母の背中はみるみる遠ざかっていく。
たった5文字の言葉を発する事も出来ず、ボクはただそれを、他人事の様にぼんやりと眺める事しか出来なかった。

ふと、背後に何者かの気配を感じ取り事を感じ取って、ボクは思わず身を竦める。
もしかしたら、あの怖そうな鎧姿の兵士かも知れない。
恐る恐る振り返ると、そこに居たのは、あの怖そうな鎧姿の兵士では無く、ルビー色の赤い瞳が印象的な一人の男性だった。
まるでボクを射抜くかの様に、ジッと凝視している赤い瞳。
ボクは、この人を知らない...違う、本当は居合わせる前から、名前も顔も知っている。
彼はこサイバー都市の帝王であらせられる、ギガ様なのだから。

ただ、ボクの知っている彼は、何時もテレビの向こうに居た。
ギガ様が画面に映る度に、彼はとても恐ろしい人なのだと、父はボクに何度も言い聞かせていた。
強欲で情の薄い、生まれながらの独裁者だと。
テレビに映る彼は何時も、不適な笑みを浮かべているから、ボクは父の言葉を信じて疑わなかった。
彼を、強欲で情の薄い独裁者たらしめていたのは、印象操作に翻弄するメディアの力。
そこには勿論、市民から反逆者が出ない様にする、ギガ様の思惑も有ったのかも知れない。
けれど、造り上げられた虚像を頑なに信じる事は、正に思考停止以外の何物でもないだろう。
今こうして、ギガ様と対面しているのに、ボクの中で勝手に作り上げてしまった帝王のイメージが強すぎて、本当の彼に気付けなかった。

ギガ様が、この様な寂しい瞳をしている時があるだなんて。


「...!」

思考の海に漂っていた意識を戻し、サッと敬服の姿勢をとる。
相手は帝王であり、ボクは中流階級の民に過ぎない。
幾ら子供といえども、帝王を敬わない者は不敬罪に当たるし、それは処罰の対象なのだから。


「ギガ様、お初お目にかかります。詩人と申します」

搾り出すようにしてやっと出た挨拶。
手の震えが悟られない様にと、ぎゅっと握り締めた。
ボクの挨拶を聞いても、はまだ驚いた目をしている。


「詩人、オレを知っているのか?」

唐突に出てきた彼の質問に、今度はボクが目を丸めた。
この都市に住んでいる者が、ギガ様を知らない筈が無いのだから、この問いは全く意味を成さない。
それを知りながらも、尋ねる必要はあるのだろうか?


「はい、存じております」

今のボクに出来る、精一杯の笑顔を浮かべて、答える。
すると彼は、とんでもない事を言い出した。


「詩人、オマエ電脳6闘騎士にならないか?」

「えっ!?」

まさかの言葉に、ボクは驚いて声をあげてしまう。
確かにボクは、真拳使いの母から生まれた。
微かながらも、才能の兆しが見え始めているのも事実。
しかし、それは「真拳使いになれる」というだけだ。
帝王の側近である電脳6闘騎士程の実力者となれる様な保証は、全く無い。


「でっですが...ボクはまだ真拳使いとしては、まだ未熟ですので...その様な大層な役職にはとても...!?」

慌てふためいているボクの左手首を、彼は少々強引に掴む。
決して痛くは無かったけれど、突如帝王に触れられて、余計に頭の中がごちゃごちゃになってしまった。
お聞きしたい事は数あれど、驚きのあまり言葉にならない。


「じゃあさぁ」

すると彼は、呆気にとられているボクの小さな手の平に、1つのシルバーリングを乗せる。
それは幼いボクの指より大きく、ギガ様の指には小さくて入りそうに無い指輪。
何が起こってるのか分からず、呆然と手の平に載せられた銀色のリングを眺めていると、彼はこう言った。


「詩人が成長する時、これと同じ指輪を渡す。それが4つ集まったら、オマエはオレの正式な部下じゃん」

そう、楽しそうに笑って。
貴方はボクの目の前から去ってしまった。


そして、あれから幾年。
ボクの手元には、4つのシルバーリングがある。
成長したボクの指に、ピッタリと収まったそれは、まるでボクが成長した姿を、彼が知っているのだと暗示させるかの様に。

ボクが彼の部下になる事は、きっと最初から決まっていたのだろう。
それこそ、この都市に生れ落ちたその時から。
貴方の傍で使える事も。
そして、この貞操を捧げる事さえも。

全てが決まった運命の中で、ボクはこれからも生きていくのだろうか。
けれど、それに対して反感する意思なんかボクには無い。
ボクはこの運命を受け入れていたし、寧ろ望んでさえいたのだから。


「あっ、ギガ様っ」

彼の要求は、実に性急だ。
唇を合わせる事も忘れて、目の前に居るボクを無理矢理ソファーに組み敷く。
上着を脱がされて、シャツに手を掛けられた。
紫の髪が首元に当たって、くすぐったい。
突然始まるそれは、正に衝動に突き動かされた獣同士の交尾に似ている。
最初は抱きしめてから...とか、そんなムード作りも無いのだから、きっと他人は嘆くかも知れない。

でもボクは、それが嬉しかった。
貴方の欲の趣くままに、ボクの身体を...そして心を求めて下さる。
それが、嬉しい。


「……っ」

スルスルとズボンを下着ごと脱がされ、何時も隠している脚が露になる。
下半身に気をとられていると、ふと、首筋に生暖かい感触が降りてきた。


「うあっ…んぅ」

それがギガ様の舌である事に気付くと同時に、小さく身体が震えて。
思わず、口から媚声が漏れてしまう。

傍から見れば、ボク達は相思相愛の仲に見えるのかもしれない。

勿論だけど、ボクはギガ様を愛している。
この瞳には貴方しか映っていない。
獣の様に、ボクの身体で快楽を貪る、乱れたギガ様の姿しか。

でも、貴方はきっと違う。
その紅い瞳には、ボクの姿は映っていない。
貴方に愛されているのも、抱かれているのも、きっとボクではない。
貴方の瞳の奥で抱かれているのは、愛されているのは、ボクの指を飾る4つのシルバーリングが示している。

時折、ボクの脳裏を過ぎる光景がある。
それは、本来ならば目にする事は出来ない、幼少時代のギガ様の姿。
その瞳はルビーの様に赤いのに、とても冷たい光を湛えている。
誰にも心を開かず、自らの殻に閉じこもって、人を恨む日々。
そんな彼の心を開かせたのが、この指輪の持ち主だったのだろう。

父親であらせられる帝王に蔑ろにされても尚、彼へ家族としての愛情を求め続けた苦しみ。
人を信じようとしたのに、裏切られ貶された悲しみ。
たった一人の理解者さえ守れなかった悔しさと痛み。
それらを埋めるように、彼は他人のモノを奪う様になったのかもしれない。

市民から命を搾取する。
彼等から「独裁者」と恐れられても尚、奪うのを止めはしない。
ハレクラニ様からは財産を搾取する。
疎まれても尚、奪うのを止めはしない。

彼の場合、他人から奪うモノの価値に意味があるのではなく、その「奪う」という行為自体に意味がある。
彼は、他人の命も財産も、奪えるだけの力が自分にはあるのだと「誇示」したいだけなのだから。

でも、幾ら奪っても。
他人に力を誇示したとしても。
彼が一番大事にしていた人は、もう戻って来ない。
その事実を、聡明な彼が知らない訳が無いから、何だか胸が締め付けられてしまうんだ。

4つの指輪の持ち主は、きっとボクに似ているのだろう。
だからこそ、初めてお会いしたあの日、ギガ様は驚いていたに違いない。
その人とボクを重ねて、身体を繋ぐ。
貴方の瞳の奥で、愛されて、抱かれている人は、この指輪のなかで眠っているのでしょうか。

それでもボクは、貴方を心から愛しています。
愛してしまったからには、もうこの気持ちは止まらないし、止まりそうにない。
ボクは、貴方様の傍にさえ居られるのであれば、幸せなのだから。



「ギガ様。ご安心下さい。ボクはずっと貴方の傍にいますから」

行為の後。
傍らで眠る帝王の髪に、そっと口付ける。
彼が呟いた寝言には、ボクの名前が刻まれていた。


この都市に生れ落ちた、その日から。
きっとボクの運命は、既に決まっていたのだろう。



END.
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