小説:ボーボボ

□短篇小説置き場3
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───書獄処刑場。

巨大な書物が乱雑に敷かれたそこには、本独特の埃っぽい臭いに、他の処刑場にもある嗅ぎ慣れたモノが交じっている。
ふと、見下ろした書物には、気味の悪い赤褐色のシミがこべりついていて──それを目の当たりにして、反射的に眉を潜めてしまった。
そんな自分に嫌気がさす。

この様な残忍な事をさせる手助けをしているのは。
他でもない自分だというのに。


「龍牙…?」

ふと、詩人の声がして、龍牙は顔を上げる。
すると、数メートル程先で、こちらの様子を見ている少年の姿があった。

処刑の時とは違い、何時もの優しい瞳の詩人。
だが頬には、真新しい紅が付着していてたから──


「詩人、目ぇ瞑れ」

「んっ…?」

龍牙は、手持ちの布を取り出して、詩人を汚していた紅を拭ってやる。
まっ白だった布は、みるみる内に紅に侵食されていった。

一通り拭い終えると、詩人の髪を軽く梳いて。
何にも侵食されずに残っていた、まっさらなおでこを出して、そこにキスを落とす。
この行為が、この過酷極まりない処刑という任務が終わった事を、少年に知らせる事を意味していた。


「龍牙」

おでこから唇を離すと、目の前の少年が閉じていた目蓋を開く。
あの、日溜まりの様な暖かい瞳が、此方を覗き込んできた。

愛する人の名を呼ぶ詩人の声は、とても優しいのに。
何故か、切なさを含んでいるから───


「何で…震えてるの?龍牙」

その言葉に、龍牙は頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
ハッと我に返り、己の手を見遣る。
視界に映ったそれは、微かな震えをみせていた。


「もしかして、ボクの事が怖いの?」

何故、震える必要がある?
今、目の前に居るのは、花の様に微笑む何時もの詩人だ。
鬼のような目で、まるで紙切れを裂くかの様に、助けを請う人を殺めていく詩人のでは無い。
それでも、このわずかな震えは止まらないのだ。

姿が、重なってしまうから───


「平気で処刑が出来るボクは、君を想う事さえダメかな?」

龍牙を見つめたまま、ぽつりぽつりと詩人は呟く。
その言葉は、とても哀しそうだった。


「べっ別に、怖くなんかねぇよ」

「──いや、恐がってるよね。この手の震えが、ボクを拒絶しているって事を伝えているから」

そう言うと、少年は龍牙の手を優しく包む。
今、詩人に触れている己の手は、何故こんなにも頼りないのだろうか。
詩人を拒絶したい訳では無いのに、その微かな震えは止む事を知らない───

それが、どれだけこの繊細な少年を、深く傷つけてしまうのか...不器用な龍牙でも、良く分かっている。
すると、此方を見つめる詩人の瞳に、みるみる水の薄い膜が張って。
それは真珠の様な大粒の涙となって、静かに頬を伝っていった。


(あぁクソッ!!)


「ごめんね。やっぱりボクなんかが君を…っ!?」

衝動的に、その淡い色の唇を奪う。
もうそれ以上、詩人に言葉の続きを言わせたくなかった。
少年から吐き出されるであろう、最大級の負の感情を、そのまま呑み込んでしまいたかった。
驚いて見開かれた詩人の瞳が、龍牙の姿を映す。
そのまま見つめ返してやると、少年は恥ずかしさに耐え切れなくなったのか、キュっと目蓋を閉じた。

それを見計らい、歯列を割って口内へと舌を滑り込ませる。


「んっ…ふっ……ぅ」

少々乱暴にナカを掻き乱してやると、詩人はきつく瞳を閉じたまま、龍牙のシャツをギュッと握り締める。
時折口から漏れる声と、交されるリップ音だけが、この時の止まった処刑場に小さく響いた。




──例え、詩人に二面性があったとしても。

──何故、必要以上に怖がる必要がある?

──表の部分だけじゃなくて、裏の部分もひっくるめて認めてやらねぇと意味がねぇ。

──それが、本当にコイツの事が好きだって事だろ!?


「ろ…んぅ…っ」

口内を弄ばれても尚、彼の名前を呼ぶ詩人。
龍牙のシャツを掴むその両手は、まるで彼にすがりつくかの様にギュっと強く握られている。

詩人は、龍牙を愛しているのだ。
優しい所も、ぶっきらぼうな所も、唐突な所も。
そして、自分と同じく非道な振る舞いをする所も──
全てを認めている。
全てを、愛している。


なのに───
龍牙は、詩人の非道さを目の当たりにした時、心の距離を置いてしまった。

心から愛している人に、震える手で撫でられる。
それが、どれだけ詩人にとって悲しく、辛い事だっただろうか。


表も裏も、元を正せば"一つ"から成り立っている。
何方かが欠けてしまったら、もう一方も存在する事は出来やしない。
どれが表で、どれが裏なのかさえ分からないのならば、その元である"一つ"にだけ、目を向ければいいのだろう。

表も裏も。
どちらも【詩人】である事に変わりは無いのだから。



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