小説:ボーボボ

□短篇小説置き場3
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お願いだ

こんな俺にでも

神が居るのならば…





全て無かったことに



嗚呼。
俺は、一体、何を…?


明かりの無い暗闇の中。
ザーザーと、数台のモニターに砂嵐が流れている部屋。

頭を、強い力でギリリと鷲掴みにされた様な、酷い頭痛と共に。
ぼやけていた意識が、次第に覚醒されてきた。

ソファーに横たえていた上体を起こすと、ズキリと頭が痛む。
それ以外、体調は大して変わりない。
ギガは、痛む頭に手を当て、少しずつモニターの方へと身体を動かす。
それと共に、霧掛かっていた視界は、次第に鮮明になっていく。


その時。
ギガの鼻腔に「あの匂い」が刺し。
顔を、しかめた。


この匂い…。
あいつの匂いだ。

詩人の匂い。
血の匂い…。

だが。
匂いが近いというのに。
肝心の詩人の姿が、見当たらない。

何時もなら、処刑が終わった後。
ギガの傍に現れ、ずっと明け方まで、肌を合わせるというのに。


「詩人…」

愛しい少年の名を呼んでも、返事は返ってこない。
ギガは、彼を求めるように、ソファーから這い出ようと身体を動かす毎。
あの強烈な頭痛が、押し寄せてくる。


「クソが…」

頭痛なんかに構っていられるか。
ギガは、自分を責める頭痛にチッ…と舌打ちすると、やっとの思いでソファーから出る。
床に足を着けると、コンクリート独特の冷たさが、ジンと沁みた。

匂いはするのだから、この部屋の中にいるのは確実。
少し、探すか。

そう考えた時。

ギガが、徐に視線を下へと落とすと。
砂嵐の流れるモニターの光に照らされた自分の手を見て、驚愕した。




自分の手が。
赤黒く染まっていたのだ。


「な…なんだこれ…」

ギガは、突然の出来事に、肩がガタガタと振るえる。
いや、手だけじゃない。
上半身にも、ベッタリと返り血が付いているではないか。


「俺は…一体何を…?」

突如、嫌な予感が脳裏を過ぎり。
背筋に、悪寒が走る。


俺は
何をした…?


詩人が俺の所に尋ねてきて
何時ものように、身体を重ねて
それから───


当たるな。当たるな。
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ────…


速くなる鼓動。
伝う汗。

振り返ると。
先程まで、自分が横たわっていたソファーが目に入る。

砂嵐の流れるモニターの光が。
シーツでは無い、何かをボンヤリ照らし出している。


ひしゃげた、手。
それは、白い陶器の様に白く。
中指と、薬指には、銀の指輪―。


「────!!」

ギガは、声をあげない。
いや、あげたくても、声があがらなかった。

ソファーの横たわっている人は、動かず。
時が止まったかの様に、静かだった。


頭からは血を流し。
柔らかな紅蓮の髪は、ベットリと額や頬に貼り付いている。

口からも、血が溢れ。
顎を伝って雫を落とす。

彼を見つめる時、必ずといって優しく微笑む瞳は。
瞳孔が、すでに開ききっていた。


その姿は。
彼の、愛しい人───。


「詩人!?」

ギガは動揺しながらも、ソファーに横たわっている詩人へと駆け寄る。
彼を持ち上げてきつく抱きしめても、詩人は何も言わない。
体温も既に無く、摺り寄せた頬は、陶器の様に冷たくなっている。
詩人は、すでに絶命していたのだ。


「どうして…どうしてだ…!!」

ギガは声を張り上げ、ボロボロと涙を流しながら詩人を抱きしめる。
冷たい詩人は、体温を取り戻す事もなく、声を上げる事も無く。
瞳孔の開いた瞳は、ボンヤリと闇を映していた。


ズキズキ。
ズキズキ。

まるで、それを拒むかのように。
頭痛が悲鳴を上げる中。
ギガは、必死で記憶をさかのぼった。


詩人が俺の所に尋ねてきて
何時ものように、身体を重ねて
それから──


「あ…あああ…」

ギガの瞳が、カッと見開かれる。

脳裏に浮んだのは。
詩人が、呆けた目で俺を見ている姿だった。

頭から血を流し。
腕もひしゃげて。

そんな詩人を。
俺は、殴っていた。
怒声を上げて、ずっと、ずっと。
殴っていた。

何故だか分からない。
怒る理由も思い当たらない。

だが、確実な事は。
愛しい彼を。
殴っていたという事実。


嗚呼、そうだった。
俺は、精神的に病んでいた。
昔の事がフラッシュバックした時、全てを壊したくなる衝動に駆られて。
周りの全てが敵に見えて、止まらなくなる。

それを、詩人は知っていた。
否、詩人だけは、それを知っていた。

俺が、詩人に打ち明けたから。


俺の、良いところも悪いところも認めてくれる詩人。
詩人も、自分の良いところだけでは無く、悪いところも全部見せてくれる。

そんな詩人は、俺の一番安心できる場所で。
俺を、一番安心させてくれる場所で──


そんな詩人を。
俺は──


「詩人…」

でも。

知っていたなら。
何故。


「どうして…逃げなかったんだ…」

抱きしめる力が、弱くなる。

俺が異常なのを知っていたのなら。
行動に異変があられた時に、幾等でも逃げるチャンスなんてあった筈だ。
もし逃げられなかったとしても、「囲監閉獄(イカンへイゴク)」を使えば、身を守る事は出来たかも知れない。

それでも、詩人は、逃げなかった。
ギガの前から姿を消す事も無く。
身を庇う事も無く。

ただ。
ひたすら。

俺を
抱きしめようとしていたんだ──


振りほどかれて
殴られても
蹴られても──

安心させようと
何度も何度も
優しく抱きしめていた──


『ギガ様…大丈夫ですか?』

ふと。
詩人の声が聞こえたような気がして、彼に視線を落とす。
しかし、詩人の口は動いてない。
身体も冷たく、瞳孔も開ききっていて、絶命しているのは嫌という程分かる。

脳裏に。
あの時の映像が浮んだ。


ボロボロの詩人が。
俺の方へ手を広げて向かってくる。
浮かべていた表情は、その状況に似合わず。

優しい、やさしい。
"笑顔"だった───


『僕は大丈夫ですよ』

だが、その笑顔は、恐怖の中で頑張って作っていたのだろう。
ほら、紅蓮色の瞳から、ボロボロと涙がこぼれている。


どれだけ怖かっただろう。

どれだけ苦しかっただろう。

どれだけ痛かっただろう。

どれだけ辛かっただろう──。


すると。
俺は、抱きしめられる。
あの、温かい詩人の手に。


『ギガ様』

耳元で、優しい声。
詩人の、優しい声。

そんな詩人を、俺は振りほどいて。
殴り続けた。

次第に声も弱まって。
上体を起こすのがやっとになった時。

それでも詩人は、俺に笑顔を向けて。


『どんな貴方でも、僕はギガ様を愛しますから───』

鈍い音がして。
詩人は、動かなくなった。


涙が、溢れる。
自分に危機が迫っているというのに。
詩人は、最後まで、俺を見捨てなかった。

最後まで。
俺の傍に、居てみせた───。


「詩人…」

冷たくなった詩人の唇に、ギガは口を重ねた。
もう、反応を見せることも無い詩人。
その口は、言葉をつむがない。
ゆっくり唇は離すと、半分だけ開いていた目蓋を下ろしてやった。

自分の愛しの人に殴られて絶命したというのに。
詩人の寝顔は、微笑んでいるようだった。




お願いです

神様

もしも

居るのならば


全て
無かった事に──



end.
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