小説:ボーボボ

□短篇小説置き場3
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ひとつ。

ふたつ。

みっつ。

よっつ…──


書獄処刑場から聴こえる、少年の声。
この場所が出来てから、彼は数えている。
ひとつ、またひとつ。
そう、発せられる言の葉達は、まるで慈しむかの様な、優しい声色をしていた。

しかし、少年が何かを数える声は、何時しかぱたりと止んでしまった。
「この行為」を止めたのは、何故だろう?
そして、少年が数を読み上げるのには、何かしらの理由があったのだろうか。
しかし、今の彼には、その行為すら出来なくなっている。
必死になって考えても、記憶を辿っても、総長には「彼等の数」が分からないのだ。

それは何時から解らなくなったのだろう。
決して癒される事の無い、悲しみの数は、何処から、解らなくなったのか。
もしもそれが、数えられなくなっているのだとしたら──


「……」

─静寂の訪れ。

処刑の時間が終わり、各々が自由な時を過ごす中で、詩人は書獄処刑場に留まっていた。
本来ならば、この様な陰湿な場所に居る気にはならない筈なのだが、少年はこの処刑場から、一向に出ようとはしない。
無論、彼にその様な命令が下っている訳では無く、これは詩人自身の意志による行動だ。
しかし、その揺るぎ無い気持ちとは裏腹に、印象的な紅蓮の瞳は、何処か影を落としている。

それもその筈。
何故ならば彼の足元には、赤黒く染まった巨大な本達の上で、数多の亡骸が横たわっていたのだから。
書獄処刑場は、まるで時計の針が止まってしまったかの様に、誰も動かない。
己の呼吸だけが、この静まり返った室内で唯一律動している。
薄暗い部屋に広がる、残酷な光景に堪えられず、彼は熱を失った紅蓮の目を伏せた。
この世界を作り出したのは、他でもない自分自身だというのに。

小さな総長は、自問自答を繰り返す。
何故、市民達が囚人として扱われ、無慈悲に処刑されなければならないのか。
そうだ、彼等は知ってしまったのだ。このサイバー都市に居てはいけないのだと。
早く脱国しなければならない。この国から飛び出さなければ、何時か自分も殺されてしまう。
家畜の様に飼われ、死に逝く運命(さだめ)から逃れる為には、もうそれしかないのだと。
その為ならば、どんな苦難も乗り越えて見せると、彼等は各々の胸に誓った。

(その結末が…これなのか)

目の前に横たわる亡骸を見つめて、詩人は奥歯を噛み締める。
市民達は、ギガに反逆を起こした訳では無い。
暴君と化した帝王が治める、この狂気に包まれた街から、逃げ出したかっただけなのだ。
無闇に命を絶たれる事の無い、人として生きる為の自由を掴むために。
無論、このサイバー都市から脱国を謀る罪は重い。汚い金の行き交う刑場に連れ出され、処刑人に裁かれて、無惨な最期を遂げる事となる。
それでも尚、市民達は外の世界を望んだ。
詩人は彼等の気持ちを、痛い程理解している。
何故なら彼も、絶対的恐怖と権力が支配するこの場所から、幾度と無く脱出する事を夢見た、そんな過去があるのだから。

しかし、電脳6闘騎士というポストに就き、裁く側となった詩人には、もうそれを考える事さえ許されない。
自由を夢見て捕まったモノが、同じく自由を夢見るモノによって殺されるだなんて、あまりにも惨すぎる。
理解されようが、同情されようが、どのみち命を絶たれる者にとって、それは何の気休めにもなりはしない。
己が彼等の立場ならば、間違いなくそう思うだろう。
理解しているのならば、何故見逃してくれないのかと。
処刑される運命が変わらないなら、同情されても憎しみと怒りが増すだけだ。

詩人は、転がる多数の無惨な亡骸達の中から、一人の少年を見つけ出すと、彼の元へとそっ…と歩み寄る。
眺めてみると、その少年は、まだ10歳にも満たない幼子だった。
家族でこの街から脱出しようとした所を見付かり、捕らえられ、そして此処へ押し籠められたのだろう。
父と母と引き離され、同じくして捕らえられた他の囚人達の中に混じって、少年は此処に来た。

それは、今でも鮮明に覚えている。
父と母と引き離された不安と、今から行われる事への恐怖で泣きじゃくる少年。
必死に、もう別の処刑場で裁かれた、亡き両親に助けを求めて、おぼつかない足取りでさ迷っていた。
へたりこんで涙を流す彼に、詩人は笑顔で、こう言った。

【大丈夫だよ。直ぐに君も、お父様とお母様に会わせてあげるから】

詩人の言葉をきいた少年は、涙で濡れた目を此方へと向ける。
彼の表情を目の当たりにした詩人は、ふと罪悪感に苛まれた。
詩人を仰ぐ少年は、僅かに微笑みを取り戻し、期待の眼差しを向けたのだから。
きっと少年は、詩人の口にした「父と母に会える」という意味を、取り間違えたのだろう。
その、ほんの少しだけ浮かべた笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
此処から出してもらえる─その希望を胸に託した幼子の、屈託のなき表情。
だが、その言葉に秘められた本当の意味は、実に残酷なモノだった。


「こんな姿に、なってしまったね」

少年の傍らに腰を落とし、詩人は目を細める。
彼の視界に映る少年は、こんなにも無慈悲な結末を迎えたというのに、眠るように穏やかだった。
詩人が手にかける最後まで、自分の父と母に会えると信じて疑わず、ずっと、笑顔を浮かべていた少年。
せめて、少しでも襲い来る恐怖を減らそうと、彼に目を閉じる様に伝えた。
もし天国という場所があるのならば、きっとこの少年は、両親の元へ還る事が出来たのだろうか。


「…おやすみ、良い夢を」

眠る少年の額にキスを落とし、両手を胸の位置で組ませる。
それだけが唯一、詩人が彼にする事の出来る、これから、弔われる事も墓も用意されることも無い少年への、精一杯の懺悔だった。
その作業を済ませると、詩人は辺りを見渡す。
紅蓮の瞳には、少年と同じ運命を辿った者達の姿が映った。


「ごめんね…皆…」

少年の元から立ち上がると、ひとり、またひとりと、彼等の手を胸の位置で組ませる。
次第にあふれる、涙が煩わしい。


「ごめんね、ごめんなさい…」

誰も聞く事の無い、懺悔の言葉を、口にした──

詩人が電脳6闘騎士に就いて、最初に裁いたのは、ギガの政権に反逆し、都市の転覆を企てた元部下達。
この都市の調律を狂わせようとした彼等に、詩人は迷い無く鉄槌をおろす。
名を捨てられた者共を囚人と呼ぶ事に、彼は何の抵抗もなかった。
だが、時と共に囚人と呼ばれる者は変わっていく。
反乱を起こした元部下だけでは無く、ギガの無理強いな提案に不服を申し立てた重役も、囚人として処刑させられた。
彼の意見は、詩人からすると至極真っ当であったのだが、帝王にとってはよく映らなかったのかも知れない。
すると今度は「電脳6闘騎士以外の重役は必要無い」という命令が下される。
これには流石に、今まで必死に支えてきた彼等は、帝王に不服を申し立てた。
しかし、回りだした歯車は止まらない。
もうこの運命には、逆らえないのだ。
囚人として捕らえられた重役達は、この酷い現実に咽び泣きながら、命を落とした。
それは見せしめという名の元の遊びであり、処刑という名の虐殺行為でしかない。
何時しか、外には賭博場まで設けられて、それは裕福層にとっての娯楽の一環にまでなってしまった。

『この街は、狂っている!』

それに、いち早く気付いたのは、間違いなく市民達だった。
段々と狂っていく街に悲観した彼等は、自分の命が奪われる順番が来る前に、外の世界へ自由を求めはじめる。
呪われた運命の砂時計に入れられた、残り少ない砂が、落ちてしまう前に。
市民達の判断は、それはもう実に正しかった。
しかし、彼等が脱国する事を、かの暴君が許す筈がない。
市民が脱国を始めているという情報があがってから直ぐに、その命令は下った。

【都市から逃げ出そうとした市民は囚人として扱い、老若男女問わず処刑せよ】

そして間もなく、任務は遂行された。
助けを求める声と、激痛に喘ぐ声が耳にこべりつく。
子供だけは見逃してくださいと泣き叫ぶ、母の手に抱かれた赤子さえも、その最悪な運命からは逃れる事を許されなかった。

執行後、詩人は紅に染まった手を眺め、地面へとへたりこむ。
そして彼は、悟ってしまった。
自分には、彼等を囚人と呼ぶ事も、彼等を裁く資格も無い、と。
だが、それに気付いたというのに、市民達の処刑を詩人は止められなかった。
電脳6闘騎士としてギガに仕えている以上、例え処刑が間違っているとしても。
それを、帝王に進言すればどうなるか、間違いなく自分が囚人となり、処刑されるだけだ。

この世は暴力が支配する世界である。
そこで生きていく賢い方法は、強い者の下に付き、 情を殺して仕えるしかない。
そうしなければ、今度は自分の命が喰われてしまうのだから。




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