小説:ボーボボ

□短篇小説置き場3
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──ゴウゥン…




一通り、自分が手にかけた彼等を弔い終えると、ふと遠くから、この世界を隔てている重たい扉の開く音が聞こえた。
場内に響き渡る音源に、詩人は視線を向ける。
すると其処には、鍛え上げられた肉体を持つ長身な男性のシルエットが、逆光の中にぼんやりと浮かんでいた。
それは、扉を押していた手を離すと、総長の居る書獄処刑場の中へと、足を踏み入れる。
カツン…カツン…と、規則正しい靴の音が、次第に此方へと近付いて来た。
ゆらりと、薄暗い場内にある少ない光に照らされて、それは姿を現す。


「…龍牙」

そう。
書獄処刑場へ入ってきたのは、同僚である龍牙だった。
龍牙は始め詩人を見ると、その後に視線を床へと下ろす。
其処には、先程自分が此処へ押し込んだ囚人達が、皆、暗い深緑色の空を仰いで横たわっていた。
ご丁寧に手を胸の位置で組まされているのを見て、彼は小さく溜息を吐く。


─今、手を組まされたって、処分されるだけなのにな──


「…まだこんな所に居たのか、お前は」

「うん…」

元気の無い返事に、龍牙は表情を曇らせた。
実際のところ、龍牙も市民の処刑については、快く思っていない。
電脳6闘騎士以外の重役に処刑が命じられたあの時から、彼はギガへ疑問を抱いている。
先程まで一緒に働いていた者を裁く理由は、生きる為のポストからあぶれたから。ただそれだけだ。
何時しかサイバー都市内には、4つの賭博場が設けられ、処刑が裕福層の娯楽の一環になってしまう。
モニターに映るのは、命を懸けたゲームを楽しむ客共で、大金をはたいてせせら笑う奴等を見ては胸糞悪い気分になり、舌打ちした。
不信感は募るばかりで、消えはしない。

それでも、龍牙と詩人には決定的な違いがある。
それは、詩人が囚人達に私情を挟むのに対して、龍牙は処刑を仕事として割り切っている事に他ならない。
自分が生きていくには、囚人達を捕らえる事は必要不可欠であり、そして彼等を処刑する事もやらなければならない。
きっと、他の電脳6闘騎士達も、そう割りきっているだろう。

だが、詩人は違った。
処刑を仕事と割り切れず、そこに情を持ち込んでしまう。
だからこそ、こうやって、自分の手にかけた者達に空を仰がせ、目蓋を閉じさせて、胸の位置で手を組ませ、弔う。
きっと、誰も聞く事の無いだろう"懺悔"を口にしながら。

詩人が繰り返すこの行為に、龍牙は目を細める。
何故、この小さな総長は、わざわざ自分から辛さを背負うのかと。
これは任務であり、自分がこの都市で生きる為には必要不可欠な仕事だ。
そんなものに、情を持ち込んでどうする?
必要な事は、人道に反する行為だろうが何だろうが、上司の命令には逆らわず、泥を啜ってでも生き延びる事。
たったそれだけだ。


「あのな詩人、これは仕事だ。私情を挟むな。
そんなんだと、何時かお前も壊れちまうぞ」

龍牙は、沸々と沸き上がる苛立ちと奮闘しつつ、目の前の少年に、そう忠告をする。
ぶっきらぼうな性格故に、相手に優しい言葉をかけれない自分が、正直情けない。
今、自分の前で立ち竦んでいる詩人を見れば、己の口調がどれだけ刺々しく、無慈悲な警告であるのか理解出来る。
しかし、この賢い総長は、龍牙のキツい口調さえも「彼の優しさ」である事を知っているから、彼を嫌いには決してならない。
そんな詩人の心に甘え、優しい言葉を中々掛けられない自分に対して、龍牙は心底嫌気がさしていた。


「…らない」

ふと、詩人の口から何か言葉が零れたのに気付き、龍牙は再び彼へと視線を向ける。
きゅっと握り締めた詩人の手は、微かに震えていた。


「解らない…解らないんだ…」

「…何がだ?」

ふと、紅蓮色の鮮やかな瞳から、真珠の様な大粒の雫が零れる。


「彼等を手にかけた数が…もう解らないんだよ…龍牙」

ぐらり。
脚を掬われる様に、床へと吸い込まれそうになった詩人を、無我夢中で抱き留める。
震える総長の身体は、想像していたよりも幾段と冷たかった。


―こいつは。
こんな小さな身体で、どれだけの辛さを背負ったんだ?
俺達が感じない…否、とうの昔に切り捨てた辛さを―


「最初は数えてたんだよ…っ…ひとり、ふたり、さんにん、よにん…っ」

「詩人…?」

「でもっ…でも…何時からか解らなくなって…っ
…っもう僕はっ…僕は彼等を何人手にかけた…?
彼等のっ…彼等の絶望する顔と…っ…叫び声を何回聞いた…?
解らないっ…解らない…!」

叩きつけるかの様に叫んだ総長に、龍牙の背筋が凍る。
紅蓮の瞳から零れる涙すらも、赤い水に侵されている様に思えた。
それは、彼等を手にかける事が悪いと知りながらも、裁き続ける己への苛立ちと、憎しみが入り雑じった雫。
詩人には、もう分からなくなってしまった。
自分が葬り、弔った彼等の数を。
この手を紅に染めた回数が、あまりにも多すぎるが故に。

そして少年は、己の心が壊れてしまった事実からも目を逸らす。
常人には到底理解の出来ない、この狂った世界を歩むならば、この瞳は曇っていた方が良かったのに。
視界に広がる紅蓮の床は、純粋な心を持つ彼には毒でしかなく、それは詩人の理性を崩壊させるまでの力を持っていた。


ずっと少年は独りで泣いていたのだろう。
この狂った世界は、全てを飲み込んだ。
それは、少年の心さえも。


「詩人」

「龍牙、ボクは...ボクはもう」

「止めておけ、それ以上は言うな」


ひとつ。

ふたつ。

みっつ。

よっつ…──



最初は、律儀に数えていた。
ひとつ、またひとつ、それはまるで、弔うモノ達を慈しむかの様に。
だが今となっては、それをする事さえ出来ない。
詩人は何時しか、その行為を止めてしまったのだ。
何故ならば、詩人にはもう数えられる数字では無くなってしまったのだから。
必死になって考えても、記憶を辿っても。
彼には、自分が手にかけたヒトの数が解らない。
あまりにも多すぎて、数えられやしなかった。

泣き叫ぶ詩人の耳元で、誰かが此方に問い掛けてくる。
優しい声色で、残酷な内容を。

それは何時からの話だった?
何処から解らなくなったのかな?
決して癒される事の無い悲しみの数と、許されられる事の無い贖罪の年数は。
それすら君は、数えられなくなってしまったのかね?
ならば非常に残念だが、君の心は、もう壊れてしまったのだよ───

それは、自分の声だった。



←end.


2013.12.12修正
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