小説:ボーボボ

□短篇小説置き場3
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ほんの数時間前。
金髪の青年に連れられ、何階分あるのか解らぬ階段を下り。
着いた先は、薄暗い大きな部屋。
サイバー都市に存在する全ての知識を記した、数十万点にも及ぶ巨大な書物達が横たわる其処は、何時かの未来に「書獄処刑場」となる場所である。

齢(よわい)5歳の少年には、何故、自分が此処へ連れて来られたのか解らない。
薄暗く、何処となく気味の悪いこの部屋に、詩人は背筋に実態を持たない冷たい何かが伝った様な気がして、ぶるりと肩を震わせた。
気を紛らわそうと、散らばった書物に手を付けたが。
幾ら本が好きとはいえど、まるで毛を逆撫でされるかの様な感覚を覚えてしまっては、中々読書に集中する事が出来ず、手にした書物を弄ぶばかりだ。

ふと、詩人の脳裏に浮かぶのは。
先程迄、傍らに居た自分の父と母の事である。

少し、詩人には気がかりな事があった。
何時もは穏やかな両親なのだが。
近頃は、妙に様子がおかしかったのだ。
両親は、何処となく心が落ち着かないらしく、そわそわしている。
…否、何かをしようとしていたのだが、何を躊躇(ためら)う必要があるのか、どうやら中々行動に移せない様子であった。

水面(みなも)に浮かぶ月の様に、両親の心は、ゆらゆらと揺れて、定まらない。
それは、幼い詩人にも伝わってきた様であった。


「お父様…お母様…」

手にしていた書物を床に戻し、膝を抱える。
その様な、両親の心の微妙な変化を以前から感じていた詩人。
不安にならない筈が無い。

何か。
悪い事が起きていなければ良いのだが…。

その不安を振り払うかの様に、詩人はブンブンと首を横に振った。
父と母は、ギガ様に敬意を払う忠臣である。
その様な…詩人が考える様な[最悪の事態]に陥る事は断じて無い。
無いに決まっているだろう。
そう納得して、詩人は震える肩を掴んだ。


早く、此処から出たい。
また、父と母の傍に居たい。


「早く…」

震える身体を抱え、詩人は祈る。
瞑った瞼に、幾分か力が加わった―



この部屋に来てから、三刻の時が経つ。
詩人は、気の遠くなる様な時の中で、ほんの少しだけ睡魔に襲われる。
こくり、こくりと船を漕いだが、それは突如部屋に鳴り響いた一音によって、解かされた。

固く閉じていた扉が、外から開けられたのである。
重たい音に混じり、人の声も聞こえてきた。

詩人はその音を耳にし、すくりと立ち上がる。
扉へと目をやると、その視線の先にある光の中から、父の部下が此方へとやって来た。
彼の手には、食器の乗った一つの盆。

もう、外では夕刻なのだろうか。
この部屋には時計が無い為、不覚にも後もう少しで時間の概念さえ失う所であった。

部下は、ゆっくりとした足取りで、詩人の元へと歩く。
そして、詩人の顔を見ると、何処と無くバツの悪そうな表情を浮かべた。
そんな彼の表情を目の当たりにし、詩人は何処となく居心地の悪さを覚える。


この人は、何か隠している―

それは、幼い詩人にも分かる事だった。


手にした食事を差し出される前に、詩人は目の前の彼に詰め寄る。
思い浮かぶのは、この部屋に入れられる前に傍に居た、両親の事―

震える手を握り締め、上辺だけは平然を装うと、出来るだけ表情には出さない様にした。


「単刀直入に聞きます。お父様とお母様はどうされたのですか?」

「詩人様、その件につきましては…私から申し上げる事は出来ません」

やはり。
何か隠しているのだと、詩人は直感した。


「それは…それは帝王の命か!?僕が訪ねているのは、父上と母上の安否についてだ!両親の安否は、子である僕にも知る権利がある!」

抑えていた感情が一気に溢れ、声を荒げる詩人。
何時もは見る事の無い詩人の激しい口調に、部下はたじろいだ。
幾ら子息と言えど、帝王の命であれば話す事は出来ないのが普通である。
それは、詩人にも分かっている事だ。

…しかし。
両親の安否に関わっている事とあれば、幾らその決まりを知っているとは言え、尋ねたくなるのが本心だろう。
部下は口元を震わせ、何かを言おうとしたが。
それを止め、また口を開こうとする。


「…恐れながら申し上げます

詩人様の、父上と母上は、処刑されました」

唐突。
齢(よわい)5歳の幼い少年に、知らしめられた現実。

詩人は目を見開き、茫然と立ち竦(すく)む。


あの、忠誠心の強い両親が。
[処刑]された―?

何故──?


「…う…嘘…そんな…そんな事は…」

ガタガタと震える身体。
目の前の部下が告げた現実は、彼のココロへ激しい負荷を与えた。

信じられないのだ。

あの、誰よりも帝王に忠誠を誓っていた両親が。
誰よりも、自分を愛していた両親が。

何故、突然何の前触れも無く。
処刑をされなければならないのかが―


「嘘ではありません…事実です」

ボロリ。
瞳から溢れ、頬を伝って零れた雫。

それが。
全ての【始まり】だった―



「嘘…みんな嘘だ!」

胸がチリチリする。
まるで、日が灯った導火線の様に。
焼けていく。
焦げていく。
焦がされていく。

──そんな。
お父様とお母様が居ない世界なんて。

耐えられない。
耐えられる筈が無い。

─忘れてしまいたい。

こんなに苦しいなら。
こんなに悲しいなら。

例え。
このココロが。
"壊れてしまっても"──




【記憶破壊陣】

突如、頭上に現れた5つの不確かな文字。
まだ、一度も成功した事の無い奥義故に、その陣は不完全であった。

暴走した能力。
加速していく時。
周りがぼやけ、どんどん意識が不鮮明になっていく。


嗚呼。
これで、忘れられる。

嘆き悲しんだ辛い記憶も。

そして。

"楽しかった記憶"さえも───


1、2、3で、すべて忘れよう。

きっと
貴方をも忘れる―




遠のく意識の中で。
記憶を改竄される中で。

記憶が消える恐怖に、顔を歪める事も無く。
確かに詩人は。

"微笑んだ"のだ───



End. 2010.5.4 白井氏ゆきの
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