□1.あなたのために
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はっきり言うと、もう右手が動かない。

ーー別に、秀でた才能が備わってる腕でもないのだが、多少お遊びで絵は描いてきた。
その腕が、真っ赤にひしゃげ、なんだか普段曲がらない方向に曲がっている。

(………あつ、い)

巨人に握りしめられられている、枝のように細いリレイの体は、
それこそ、巨人によって体の全ての動きを制圧されていた。


確か、調査兵団とかっていう、巨人をたおす強い人たちが助けに来てくれているはずなのに、
リレイが目で確認する必要も無かった。

リレイの下に転がっている無数の見慣れない、体中にベルトが巻き付いている人達
頭の無いものや、自分だけ逃げようと、仲間を犠牲にし、逃げ惑う人達

巨人に捕らえられたリレイに目をむけた調査兵団は一人もいなかった。

ーーーこれが、調査兵団なんだ…



巨人に拾い上げられ、ただ単純に口に放り込めばよかったものを、
少女を捕まえた巨人は花占いでも始めるかのように、少女を右手をつまみあげ、

……ゴギュッッ

歪な音をたて、少女の右腕がへしゃげる。
少女の絶叫にも近い悲鳴と、小さい体が震え上がり、己の血が顔に降りかかる。

遊んでいるのだ、巨人は。
この、哀れな、無力な、弱いもの、弱者を喰らっているのだ。

からだの、いたる所が熱い。

巨人に、掴まれているところも熱い。
潰された右腕も熱い。

それに、何故か目のまわりも熱い。
少女は自分が泣いていることに気づかなかった。

もはや彼女の頬をつたるのは涙そのものではない。

頭から流れた血が目にはいり、涙と混じり合い赤黒い雫となって巨人の手へ落ちていく。


今、少女の視界には、巨人の口の中が見えている。
ついに、口の中へと運び込まれる瞬間がきたのだ。



(…あ、…)


満足げな表情を浮かべながらリレイを口に運び入れようとする、巨人の顔。


これが、リレイが見た強弱が弱者を食らう瞬間の"絵"だった




………筈だった。




一瞬、風がよぎったような音がした。
ふわっと、リレイの栗色の髪がなびく。

同時に、巨人の両の目から血がどっと溢れ出した。
血がリレイの全身へと降り注ぐ。
状況が理解できない巨人はただフラフラと立ちずんでいる。

それでも、巨人はリレイを掴む手の力をゆるめない。




「………きったねぇなぁ。」



それは巨人に向けた言葉なのか、リレイへ向けた言葉なのかは分からない。

突如風のように現れた男は、
音もなく巨人の肩に降り立つと、面白いくらいわざとらしくため息をついた。

朦朧とする意識中、リレイは声の主を見た。


目鋭く、視線だけでも刺されてしまいそうな黒髪の男だった。
表情は無く、ただただ、冷めたような、凍ったような目をしていた。

その瞳は巨人でも、リレイでもなく、ただ自分の手に飛び散った巨人の血を見つめていた。



(…私を、助けて…くれたの…?)


巨人は自分に襲いかかってきた人間を食すべく、本能のまま男へと手を伸ばす。



「さぁて」


そう呟くと、もう男の姿はそこには無かった。



ーーーえ、一体どこに……






「…動くなよ?」


ーーーいつの間に上に……っ!?

そう思ったのもつかの間、巨人の首から血が吹き出した。
あまりの速さにリレイは状況が理解できないままでいた。


途端、巨人は前のめりに崩れ、リレイを握っていた手の力がゆるみ、か細い少女の体が宙を舞う。


そのまま重力に従い、地面に叩き落される筈が、その男によって少女の運命は変えられてしまった。

空中から器用に立体機動装置を操り、宙をリレイを拾い上げた。


ーーーー本当に、訳が分からない……

巨人に襲われ、食われて絶命する運命だった私が

今、誰かに抱きかかえられ、鳥のように空を飛んでいる。



リレイの運命は変えられてしまったのだ。
巨人が自分たちの街を襲いにきた瞬間から、すべてが終わったのだと思っていた。

巨人に怯え、逃げ惑う日々から、自分は解放されるのだと思っていた。




意識が朦朧とする。
血が出過ぎたのだろう。



男はリレイを抱きかかえたまま、そっと流れるように地面に着地した。



いまにも、意識が飛んでしまいそうになる。
血が、足りない。


男は、静かにリレイを壁へよりかけて座らせた。

潰れているリレイの右手を、優しく握り締めて。





もう、音も、何も聞こえない。


耳が上手く機能していない。



ーーーすごい、眠い………

そうだ、私はこのまま寝てしまえばいいんだ。

そうすれば、巨人に、怯えなくていい。

死ねば、食べ物にも困らない。

死に恐怖する毎日から救われるのだ。



そう、私は、






" 救 わ れ る た め に 死 ぬ の "




目を閉じようとした瞬間、





右手に、痛いと叫びたくなるほどのいうほどの激痛が走った。



男が潰れ、肉のむきだしになっているリレイの右手をかたく握りしめたのだ。




そして、懸命に何かを叫んでいる。



今、リレイには音すら何も聞こえない。



たが、男が必死に、必死に





" 生 き ろ ! 諦 め る な ! ! "




そう、言っているのはかたく握られた右手から痛いほど伝わった。







リレイにはもう、家族すらいない。

リレイが巨人に見つかる前、親が巨人に潰され、食べられる光景を目の当たりにした。
そこから、足がすくんで動かなくなり、巨人に捕まったのだ。





今や自分には何も残っていない。


何の為に生きればいい。



一体、誰の為に生きればいい?

一体、何の為に生きればいい?

一体……

「誰……の、ため………に………?」



ふと、リレイの口から溢れた呟きに、男はまっすぐした瞳で、






「諦めて死ぬくらいなら、


 ……俺の為に生きろ」










そう、言った。





家族を無くし、居場所を無くし、

どこにも行く場所が無いリレイを



この男は必要とし、死ぬな、諦めるな、と叫んでくれた。



必要とし、生きてくれと言ってくれた。


こんなボロ布のようになった私を、

見捨てないで、

助けてくれた。






(死ぬなら、この人の為に死のう)





だから、まだ……







「ぃ……………、い、生き…………た、い…………」





リレイは、ほぼ言葉にならない、うめき声のような声を漏らした。





強く、強く、そう思ったのだ。








ーーー


そこで、少女の記憶は途切れてしまった。






男はまだ、力の抜けた少女の手を握り
しめたままだった。





この男の名は、リヴァイと言う。



この街で、唯一
最後に生き残った、たった一人の生存者を、リレイと言う。




この少女と青年が出会ったのは

吉とでるか

凶とでるかは

未だ誰にも、分からないのだ。







【続】

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