□2.手
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「....おいで、リレイ」


言われたとおりに、リレイは母の元へ歩み寄った。


近づいてきたわが子を、母は優しく抱きしめた。

「わ、...お母さん?」
いきなりのことに少々戸惑いながらも、リレイは母に身を任せた。


....すごく、落ち着く。



人は、こんなにもあたたかく、心地よいものだったのかと思いながら、リレイは母の背中に手を伸ばした。













.....グチャッ






不快な、人間が出すものとは思えない音が響いた。


「えっ」



母の背中に回した手に、ベチャベチャと気色悪いものが纏わりつく。







......母の背中は、グチャグチャに、潰れてた。




――――ボタ、ボタボタボタボタボタ

母の顔が崩れ、肉片がボトボトとリレイの顔に落ちてくる。





「.......ひっ....あっ!?」




驚きおののくものの、母は我が子を抱きしめる手を離さない。


「......リレイ、生きるのよ、生きるの、生きて、生きて生きて生き生き生ききききていきていきていきき生生きてききていてきて生生きて生ききて生きていきいいいいいいいいいいいいいい」

母からもはや言葉とは認識できないような声が耳に劈く。


母がリレイを抱きしめるのではなく、絞め殺すほど強く強く締め付ける。



とても痛く、熱く、これは、まるで巨人に握り締められているような、そんな感覚だった。

息が苦しくなる。呼吸ができない。
苦しい
苦しい
熱い
熱い
熱い
苦しい
苦しい






「がッッ、ぁ...た....助け...っ、」

















『......ぃ....おい、...おい!女!女!!』




懐かしいような、落ち着くような、そんな声が頭に響いた。





はっ、と目を開けると、白い石造りの天井が目についた。


どうやら、リレイは一室の小さめな部屋にいるらしい。
ベットと鏡と椅子くらいしかない、見た目など気にしたものかと、必要最低限のものしか揃っていない部屋だ。


先ほどまでの光景が夢だと気づくまで少々時間がかかった。

体中がぐるぐると包帯で巻かれ、あちこちが千切れるように痛い。
どうやら、あれから止血作業や応急処置をすぐ行なってくれたお陰で、なんとか一命を取り留めたようだ。

体はまだ自分のものではないように命令に従って動いてはくれないのだが。


おさまらない動悸と荒い呼吸のまま少し横を見ると、不機嫌なのか、怒っているのか、よく分からない表情をした男が椅子に腰掛けて座っていた。




「....おい、意識あんのか?」




懐かしい、聞いたことのある声。



――――――そう、リレイが巨人に襲われた際、命を救ってくれた男だ。



ベルトを体中のあちこちに回しているようなこの服、これは調査兵団だろう。





そうか、自分は、生きていたのか......



「おい聞いてんのか?」


「.....は、はい!」

「……リヴァイだ。」

「え、?」

「…………名前だよ。馬鹿にしてんのかてめぇ」

「違います、!私はリレイ、です、、」




とげとげしい口調に心臓が跳ね上がるかと思った。
そのリヴァイと名載った青年は、わざとらしくため息をつきながら椅子に座り直した。


返事をするにも、体の節々が悲鳴をあげた。




「...たまたまこの部屋の前通ったら気色わりぃ呻き声が聞こえてな」

「ご、ごめんなさい...」

「うるせぇから黙らせに来ただけだ」


フンっと顔を背け、リレイと目を合わせようともしない。



(――すごい、尖ってる性格だなぁ。)

リレイを助けてくれたときとは随分人が違って見える。



だが、不思議と嫌な気は一切しない。
命の恩人だ、私の運命を変えてくれた人だ。
"生きろ"と、強く強く私に言ってくれた。

だから私は今、こうして生きているのだ。




「………ひとつ、謝る」

「え…、何を、ですか?」






「あの街で、お前一人しか、生き残ってないんだ。」




この状況を見て分かってはいたが、やはりいざ現実を突きつけられると胸にくるものがある。


「伝令が俺達に巨人の報せを伝える前に、奴らに喰われちまったんだ」

そして、小さく俯く。


「もう少し早く着いてりゃ、お前の親も、ほかの住人も助けられた。
今俺の仲間が、お前の街の瓦礫の除去作業、死体処理で皆外に出ちまってる。」


冷たい口調とは裏腹に、とても優しくリレイの右手に手をそえた。


「それに、もっとはやければお前のこの右腕も、こんなんになってなかったんだがな」

リレイとしては命を救ってくれただけでもありがたいというのに、律儀に謝る姿は、兵士の志そのものが形となって現れているようだった。


潰れたと思っていた右腕は、早急な応急処置によって、原型をとどめ、
元のようによく働くわけではないが、リハビリを重ねれば多少は動くことができるようになるという。



かすかに、腕と腕が直接触れ合った。

とても冷たかった。





(.....あれ?)






リレイの頭に濡れた布がのせられている。

それにまだほんのりだが、冷たい。



「どうしたアホ面」


………まさか、私を看病してくれていたのだろうか。

先ほど、街の瓦礫除去作業や死体処理で皆外に出ていると言っていた。

それに、リヴァイこそは無傷であれど、リヴァイ以外の調査兵団の人たちで怪我を負った者は無数にいるだろう。

ただでさえ忙しい中で、なぜただの街の住人である私が、
主力である兵団を差し抜いて、こんなにも丁寧に包帯が巻かれ、看病されているのだろう。


かすかに赤くなっているリヴァイの指先を見つめ、


「………私のことを、看病してくれていたのは誰ですか?」



初めてまっすぐリヴァイの顔を見つめ、言葉を放った。

とてもとおった鼻筋と、切れ長の目がひどく綺麗に見えた。


「………知らねぇよそんなの。他の奴らだろ」


また、人の目も見ないで横を向いたままそう言い放つ。

まっすぐ顔を見ているからこそ分かるが、よく見なければ分からないくらいうすいクマが目の下についていた。


きっと、寝ずにリレイを看病してくれていたのだろう。

唯一ひとり、生きていて、自分が助けたせた少女を。

リレイを死なせまいと、一人ここに残り、応急処置を施し今まで看病を続けていたのだろう。

こんなに、情にあつい人が他にいるだろうか。

こんなに、人を想い、助けようとする人がいるだろうか。





優しい人なんだ。


突き放すような口調も、きっとこれはただの彼の表面の性格。


内面はとても優しく、心配性な性格がこの短時間ですぐ見てとれた。

元からの知り合いでもない、ただの街の住人であった私を、ここまで、、。




(…………この人のために、生きよう。)



むく、とリレイは軋む体に鞭をうち、上半身を起こした。




動けまいと思っていたのか、リヴァイが目を見開く。

実際、体中に激痛が走り、からだを支えているだけでもう汗が頬をつたう。


「おい…何考えてんだクソ野郎。馬鹿か、寝ろ」

「嫌です!!」


突然大きな声を出したリレイに疑問を浮かべるしかないリヴァイ。










「わっ……………わた、私は、……」

体を無理に動かしている為うまく言葉が出ない。

激痛であたまがおかしくなりそうだ。












「……あなたの為に、生き、…
死ぬときは、
必ず、

あなたを守って死にますっ…!!!」







全身の力を込めて腕を動かし、


あの時、







リヴァイが、リレイを助けようと


必死に手を握ってくれたあの時のように、


かたく、かたくリヴァイの手を握りしめ、











「………今、この瞬間から、

あなたの為に私は、存在する、っ!!」












体の制御が効かず、大きな声を張り上げるリレイ。






リヴァイは目を見開き、今は真っ直ぐとリレイのことを見つめていた。






すると、

リレイはポスン、と音をたて、上半身を後ろへ倒した。


どうやら今の無理のしすぎで、体力を使い果たしたらしく、


眠るように、気を失っていた。












「…………とんでもねぇ奴を助けちまったみてぇだな。」




そう言いながらも、リヴァイの口はかすかにだが、笑っていた。




そして、起き上がった際に少し崩れてしまった、リレイの首あたりの包帯を巻き直してやる。











「……おい、リレイ」





はじめて、リレイの名前を口に出して呼んだリヴァイ。



気を失って、意識もなく
聞こえるはずもない、相手に


















「………俺がお前を守るから お前は死なねえよ」















呟くように、そう言った。




きっと、本人に聞こえるはず無い状況だからこそ、出た言葉だろう。



聞こえないからこそ、言ってしまったのだろう。






「…クソ野郎、てめぇのせいで今日も寝れねぇ」





ため息をつきながら、リレイが寝ているベットの下に隠してあった水桶を取り出した。


腕まくりをし、リレイの額の布をとり、水に濡らし、絞り、
また、額にのせてやる。







静かになり、物音ひとつしない部屋の中で



布から水を絞り出す音は
夜中もずっと、部屋に鳴り響いていた。





【続】
 

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