□3.スイレン
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「……朝からアホ面だな」

「ごめんなさい」




長い長い睡眠から目覚め、
目を開けて一番最初に目にはいったものは、リヴァイの蔑んだような呆れ顔だった。

寝起きで気を抜いていたため、よほど力のぬけた顔をしていたのだろう




―――――――あれから、リヴァイは朝と夜、必ず決まった時間帯にリレイがいるこの質素で飾り気のない小さな部屋に、毎日通ってきている。

リレイの傷が心配だからこそ、通っているのだろうか。

そんな素振りは一度も見せないリヴァイだが、部屋に来る度リレイの体で傷が酷い箇所をリレイに気づかれないように、横目で見ていたりする。

猫のようだが、意外と可愛い面もあるのだ。





「右腕の包帯、取ったのか」



「はい、ちょっと見た目はあれですがもう十分傷は癒えてます」

-----おかげさまでね。

ツンとした表情で自分には関係ないというような顔をして横を向いているリヴァイにむかって、心の中でお礼を言う。



リレイ自身というと、体の傷も癒え、まだ万全とは言えずとも、自分の足で歩けるようになり
寝たきりではなく常人と同じ生活を送るようになっていた。



ただの一般人のリレイが、この部屋を自由に使えるのは、きっと彼の権力の現れであろう。

身寄りもいない、帰る場所もないリレイを受け入れてくれたのだ。




すると、リヴァイは捨てるようにリレイのベットの上に何かを置いた。


「……リヴァイさん、これは?」


「見てわかんねぇのか」



渡されたのは、数枚の紙と、一本のペンだった。



「何かかけ」


「はい…?」


「いいからかけ。殺すぞ」






何か文字を書け、ということだろうか。






リレイは、右利きである。

同時に、一番傷が深かったのも、右手である。


右手はもう既に包帯も外されている状態なのだが、

やはり、一番傷が酷かった為もあり、足のように上手に動かすことができない。
まだリハビリも何もしていないため、自分の意志で多少は動かすことはできても、まだまだ完治するのには時間がかかる。

見た目は傷だらけでとても綺麗とは言い難い右腕になってしまった。
治りかけの傷の箇所は赤黒く変色し、とてもか細い少女の腕には見えない。



-----とすると、彼はリレイの右腕のリハビリの為にペンを握れ、と言ってきたのだろうか。



まったく隅々まで気の利く男である。






紙を机に置き、深呼吸をして
震える小さな手で、紙に文字を書こうとした。


その様子をリヴァイが後ろから無言で見つめている。








----ガシャンッ



自分では握ったはずのペンが、指をすり抜け床に音をたてて落ちる。


「.....え、」


(....掴め、ない)






右腕がここまでうまく機能しないとは思わなかった。

私は彼の為に生きると決めた。
リヴァイが危険に晒されたとき、彼を守らなければならない。

それなのに、この体たらくはなんだ。
ろくにペンも掴めやしない。


こんなの守るより先に守られてしまうただの役立たず......







「.......?」


すると右手が冷たいが、ほのかにあたたかい何かに包まれた。






「....ちゃんと握れよ。」



リヴァイが後ろからリレイの右手を包むようにして握り、ペンを持たせてくれたのだ。




直接的に、リヴァイに何か手助けをされたことがないので、リレイは内心とても驚いた。



冷たいが、あたたかい。

とても、落ち着く。不思議だった。









「....書けるか?」


「はい、すみませんわざわざ...」



震える手でペンを握るリレイの手を、リヴァイが優しくつつみこむ。








リヴァイが支えてくれたことにより、なんとか文字という文字を書けるようになった。


二人は無言で、手を支えあいながら黙々と字を書く。

書くたびにだんだん字が整っていくのが目に見えて分かった。

彼が支えてくれなければできないことだ。






サラサラと、文字を書く音だけが、小さな部屋に響く。















「.....お前、絵とか描くのか」





長い沈黙を破ったのは、リヴァイのほうだった。






少し笑いながら、リレイが言う。

「はい、絵は小さい頃からよく描いてます。
花が好きで、お花さんばっかりかいてました。
紙が無くなった時は家の壁に絵を描いちゃったりして、よくお母さんに怒られてましたよ」




その時、後ろにいたリヴァイの眉がピクっと動いたのは、リレイが気づくはずもなかった。





「私、そんな絵を描きそうに見えたんですか?」


二人で文字を書きながら尋ねる。





「.....そんなの知るか」





(.....あれ、何か気にさわるようなことを言っただろうか?)


急に、リヴァイの口調が不機嫌そうになる。

だが、それと同時にリヴァイがリレイの手をしっかりとまた支えなおした。


何を考えているかとことん分からない男である。





















---------------




「....そろそろ終いだな」



二人で数時間ほど文字を書き続け、リレイの右腕の疲労を感じ取ったのだろう。


だが、明らかに字は整って描けてきている。
あきらかに前よりは右腕の感覚がもどってきた証拠である。




「ありがとうございます、リヴァイさん」
頭をぺこっとさげてお礼を言うリレイ。

一方リヴァイはフンっと鼻で返事をするだけである。

相変わらずの無愛想だ。






「あの、...忙しいのに私の為に時間を割いてもらってしまって、すみません。」





リレイの言葉に返事もせず、上着を羽織りドアの方へ歩いていくリヴァイ。



出て行くのだろう。
今日、日が沈んだ夜にリヴァイはまたここにくる。

この人はいつも朝と夜、必ず同じ時間帯にここに来るから。



「ありがとうございました、夜までには自分ひとりで文字を書けるように練習して待っていますね」



出て行くリヴァイの背中にお礼を言った。





すると、
ドアを開けかけたリヴァイが急に立ち止まった。









「.......リヴァイさん?どうかしたんですか?」
























「........スイレン。」








つぶやくように、リヴァイの口から零れた花の名前に目を見開くリレイ。







「......え、」





(スイレンは、私が一番、大好きな花の名前.......。)
















---------どうして、リヴァイがこのことを知っている?










どうして、助けられるまで接点のなかった彼が
私の一番好きな花を知っている?





リレイが一番好き好んで描いている花は、スイレンである。

描く絵のほとんどはスイレンだった。

そのくらい、リレイはこの美しい花に魅了されていたのだ。













偶然にも『スイレン』という言葉を発する訳がない。






意味があるのだ。






そしてリヴァイは知っているのだ。






リヴァイにはスイレンの花が一番好きだ、なんて一言もしゃべってなんかいない。













なのに


どうして彼は知っている.......?














「あの、どうしてそれを知って........」















「....またスイレンの絵、描けよ。嫌いじゃねぇんだ」













パタン、とドアを閉めていなくなったリヴァイ。










「.........」





訳が分からない。






リレイは、彼に助けてもらうまでリヴァイという男の存在を知らなかった。





だが、彼は違った。







リヴァイは、リレイを知っていた。






リレイの好きな花の名前、





そして、リレイが描いた絵を、見ている。






知っていたのだ。






おかしいとは、思っていた。





見ず知らずのただの街の住人のリレイを、ここまで手厚く看病するのも


おかしいと思っていた。

















リヴァイは、はじめからリレイを知っていたのだ。






【続】

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