文
□5.繋がった
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『コラッ!どうして何度注意してもやめないの!!』
いきなりの罵声。
この壁に絵が描いてある、家の中からだ。
-------中に人がいたのか。
ちょうど、リヴァイの立ち位置からして、家の中にいる者には彼の姿は見えないだろう。
『また家の壁に落書きばかりしてっ。この前だって消すのは大変だったのよ!』
------このスイレンを描いた奴が中にいるのか。
『....だって、家にある紙全部使っちゃったんだもん。』
--------ん?
思わずリヴァイの眉がピクっと動く。
意外にも、おとなしそうな少女の声だった。
------このスイレンを描いたのが、ただの餓鬼だと....?
ありえない。餓鬼でもこんな素晴らしい絵を描けるというのか。
それだとしたらこの世に生まれてきてから今というまで筆を握り続けてきたのかとしか思えない。
『...地面に描いても、誰かに踏まれてすぐに消える。スイレンは踏まれる為の花じゃないよ。
スイレンは、見る人を優しい穏やかな気持ちにさせる。
....今日、壁の外に出た人たちが帰ってくるんでしょ?その人たち疲れてるだろうから、せめて私の絵を見て、少しでも気分を穏やかにできないかなって...。
だから、今日も壁に描いたの。』
------こいつ。俺達の為にこのスイレンを描いたのか。
だから、わざわざ路地から見える位置に、描いたのだろうか。
気づくと、いつの間にか家の窓の前まで足が移動していた。
窓をから音を立てずに家の中を覗き込むと
リヴァイのいる位置に背中をむける形で、少女が母親に叱られている様子が見えた。
二人とも、リヴァイの視線に気づいている気配はない。
少女は、食べ物を食べていないという訳ではなさそうだが、白のワンピースから覗く腕はとてもか細く
栗色の柔らかそうな髪を、鎖骨あたりまで伸ばしていた。
まっすぐ顔を見ているからこそ分かるが、よく見なければ分からないくらいうすいクマが少女の目の下についていた。
きっと、寝ずに俺達が来るまでにこのスイレンを描いていてくれたのだろう。
なにか面識があるわけでもない、調査兵団のために。
住人を守るために心臓を捧げ勇敢に戦う調査兵団のために。
一人、この壁の前に立ち、スイレンを描いていたのだろう。
こんなに、かかわりもない調査兵団のためにここまでしてくれる住人が他にいるだろうか。
確かに小さなことだが、こんなに調査兵団を想い、少しでも気分を和らげようとしてくれる住人はいるだろうか。
優しい奴なんだろう。
怒られた反動で、すこし目が潤んでいる。
もともと色白なためか、まぶたが赤く腫れているのが目立つ。
-------しかし、本っ当に餓鬼だなおい。
叱られると分かっているのに描いたのだろう。
『言い訳はしないの!もう、まったく!!
明日までには絶対に消すのよ!いい!?』
--------消しちまうのか。
「.....もったいねぇな」
壁のスイレンを見ながら、リヴァイがつぶやく。
確かに、消すのには惜しいくらい素晴らしいスイレンだ。
できれば額にいれて自分の部屋に飾りたいくらいである。
悔しいのか、怒られたのが怖かったのか分からないが、
こぼれだした涙を右手でゴシゴシと拭う少女。
リヴァイは見た。
涙を拭う、少女の右手が
指が、ボロボロだったのを。
相当、昔から絵を描き込んできたのだろう。
指の表面の皮がむけて硬くなり、細い指だがどこか歪な形である。
そのため右手はとても綺麗とは言えない見た目である。
心から絵を描くのが好きなのだろう。
だが不思議と、
リヴァイにはそのボロボロで、歪な右手が
美しく、綺麗に見えた。
あのスイレンと同じように、綺麗だ。
あの手で、この美しいスイレンが描かれていたのか。
汚らわしいもの、汚いものを嫌う、とても潔癖症な性格なリヴァイが
歪で皮がズル剥けている右手を、美しい、綺麗だと感じた。
こんなことは今までに思ったことがない。
今日はまったく今までにないことが集中的に起こる日だ。
『分かったわね、いい!?』
少女は、うつむいたままだ。
『いいわね、リレイ!!』
この少女の名前は、
リヴァイの脳内に深く刻み込まれたのだった。
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四年後。
リヴァイは驚いた。
伝令が発した、巨人に襲われているという街の名前を聞いて。
襲われたのだ。
忘れるはずもない。
あの、少女がいる街が巨人に襲われた。
街にたどり着いたときには、状況は絶望的であった。
伝令が途中で巨人に襲われてしまったこともあり、援軍を街に向かわせるのが遅すぎたのだ。
この様子だと、もう.....あの、餓鬼は....
いや。そんなことを考えている暇はない。
すべきは兵士としての任務を全うすることだ。
そう頭に言い聞かせ、立体機動装置で宙へと舞い上がった。
巨人が、一人の少女を食らおうとしている寸前の光景が見えた。
リヴァイは兵士としての任務を達成すべく、立体機動装置を巧みに操り、
巨人を切りつけ、少女の奪還に成功した。
意識がないのか、ぐったりしている少女を優しく壁に寄りかからせる。
体から力は完全にぬけているが、唯一まだ虫のような呼吸がある。
助けるために最優先すべきは、血を止めてやることだ。
一番血が出ているのは右腕だった。
血を止めるべく上着を脱ぎ捨て、少女の右腕に巻こうとした瞬間
少女の、右手を見た。
血で、汚れた右手を。
血に汚れていても、分かった。
皮がズル剥け、豆だらけの手を。
いつしか見た、
少女の涙を拭う、右手を。
全てが、繋がった。
リヴァイは、この少女を助けなければいけないと思った。
強く、強く血だらけの右手を握り
生きろ、生きろと、強く叫んだ。
「誰...の、ため.......に......?」
少女が搾り出したような声で、言った。
どう答えればいいのか分からなかった。
が、思考より先に、口が動いていた。
「諦めて死ぬくらいなら、
.....俺の為に生きろ」
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傷だらけの少女を、空いていた個室を借り、寝ないで必死に看病を続けた。
四年前、窓越しに見ていた少女が、目の前にいる。
なんだか、考えられない状況にリヴァイ自身も少々困惑している。
寝たきりの少女をずっと見つめていて、思うことがある。
人は四年もあればこんなにも変わってしまうのだろうか。
右手こそはそのままの状態であっても、
顔つきは随分と大人びて、背も高くなり、体つきも女らしくなっている。
あの時見た柔らかそうな栗色の髪の毛も、四年前とは違い、胸あたりまでのばしている。
別人のように
少女は、とても綺麗に成長していた。
「あんな餓鬼が.....ほんと、信じられねぇな。」
必死に看病を続けると
幸運なことに、少女は一命を取り留めてくれた。
.........
「おい聞いてんのか?」
「......は、はい!」
「......リヴァイだ。」
「え、?」
「.......名前だよ。馬鹿にしてんのかてめぇ」
「違います、!私は.......」
「リレイ、です。」
四年ぶりに聞いたこの名前に、
リヴァイの胸が高鳴ったのは
誰も、気づいていないようだ。
【続】