□9.会いたかった
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...もう、五日目か。


暗く、冷たい洞穴の中でただぼうっとその事実を頭の中で再認識した。

周りに巨人がいないかどうかを確認し、洞穴を出て

残りひとつとなる、最期の望み、助かるための希望
赤い煙弾を早朝の少し色味が出てきた空へと打ち上げた。


バヒュウと大きな音をたてて赤い煙弾が空へ空へと上がっていく。




「…………ふぅ」


ドサッと音をたてて近くの石にもたれかかる。




当たり前だ。この5日間、水も食料も取らずに
ただただ洞穴の中でじっと身を潜めて助けを待つしかなかったからだ。

煙弾に気づいてもらえるかという小さな希望だけを胸に。





俺は今

助けを待つことしかできないんだ。

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伝染病。

半年ほど前、これが街で流行った時期があった。

しかし、これは人間には害は無く、影響があるのは動物達のほうだった。

この伝染病にかかった動物達、
身近な動物だと犬や猫が体中の穴という穴から血を吹き出して、次々と死んでいった。

この菌に体をおかされると、動物達の体はわずか1日ほどで体全体が菌におかされ体が弱り、死に至る。

だが至って治療法はその菌が全身に回る前に殺菌薬を注射で体内に流し込むだけという簡単なものであった。



この伝染病のおかげで調査兵団も痛手を食らったことがある。
兵士達が自分の馬が伝染病にかかっていると気づかずにそのまま壁外調査に出てしまったという事件である。


この菌はとても繁殖力が強く、あっという間に街の動物達は姿を消していった。

当然、馬は移動中に弱り全身から血を吹き出し次々と死んでいった。

壁外調査でこれ無しでは生きていけないともいわれる馬を失った兵士達に逃げ場はなく
全員が巨人の餌になってしまったのであった。

だが、これは半年以上前の話である。

街では各家庭の犬や猫、家畜に徹底的に殺菌薬を流し込み、伝染病をなんとかくいとめることができ
もはや街でその話題を口にする者など存在しなかった。




だが、それは街の中
壁内だけの話であった。

今回、リヴァイ達第一部隊が壁外調査に出た際

決められた進路を作戦どうりに進むリヴァイ達一行は、何体かの腐った馬の死体の横を通り過ぎた。


たった、これだけのことが
これが、引き金となってしまったのだ。

その通り過ぎた馬の死体は、半年前の伝染病に感染していた馬であったのだ。

そのことにも気づかず、進路を進み続けた結果
死体から伝染病の菌をもらった馬たちがどんどん弱っていき、ついには壁外で死に至ってしまったのであった。


想定外外の事態にリヴァイは困惑したが何より自分の部下たちを守るべく冷静に判断し、支持を下した。

エルヴィンのことだ。
俺含む第一部隊が戻って来ないとなると、必ず救助部隊をよこすだろう。

いくら人類最強と言えど、馬無しで壁外を生き抜くなど人間ならば不可能に等しい。

馬のない状態のまま内地へ戻ることが不可能だと踏み、
部下たちと共に助けを待つべく安全で身を休ませられる場所を探す。

これが今自分達のやるべき最優先のことだ。



そして、数々の巨人に遭遇しながらも、やっとのことでたどり着いた、森の中にある洞穴。
中は暗く、物音を立てなければ外にいる巨人に気づかれることもないだろう。
洞穴にやっとのことでたどり着いたのはいいが

リヴァイの周りに
信頼にたる部下達の姿は一人として無かった。
洞穴にたどり着くまでの間、部下達がガス切れや刃の変え不足により
人類のため心臓を捧げた兵士達がどんどん巨人に食われた。
中にはリヴァイの盾となり、命を落としたものさえいた。

ただ一人、生き残ったリヴァイは暗い洞穴の奥で体を丸め、息を潜めた。
部下達の死に顔を思い出しながら。


"せめてリヴァイ兵長だけでも生き残ってください"

部下が死に際に放った言葉が脳内で響き
一人で胸をいためながら膝を抱いた。
手持ちの5つの煙弾を巨人がまだ動きが鈍い早朝の薄暗い空に1日1弾空に打ち上げ、自分のいる位置を示す。
自分のいる位置をしるし助けを求める方法などこれしか存在しなかった。



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ただただ、1日1日を、暗く寒い洞穴で過ごし
ついに、リヴァイは
5つ目となる最後の煙弾を空に打ち上げた。


これで…………最後だ。

この煙弾でもし救助が来ないのだとしたらなんとか自分で策をねり内地へ行くしか方法は無い。
だが馬無しで、残り少ないガスと共に内地へ戻るなどまったくもって現実的では無かった。


洞穴にもどったリヴァイは膝を抱え、上着を体を包むようにかけた。
寒くて、手がかじかんだ。

「…………………さみぃな。」










そしてひとり
洞穴の中




 



思い返すのは


























「……ねぇリヴァイ」





頭の中で、リレイが優しく笑っていた。

いつものように、馬鹿みたいに尻尾を振って
犬のようにリヴァイに構ってくれととすがりつくリレイ。


冷たく突き放しても
リレイはいつだって、リヴァイの側から離れなかった。
何故いきなりリレイを思い出してしまったのか。
仲間を失った動揺で頭がおかしくなってしまったのか。

なぜ、あいつが頭に浮かぶ。

































………………………違う。



















「…………………あぁ、そうか。」






鳥の囀りが、聞こえる。































「いつもだったらこの時間


お前と一緒にいたもんな。」



外が明るくなり

リレイが起きるであろう時間に、リヴァイは必ずリレイの部屋に訪れた。
会う度、リレイの寝起きの顔をバカにした。

それでも、リレイは嬉しそうにいつも
馬鹿みたいに、笑っていた
リレイは、どうしているだろうか。
毎朝、自分の部屋に来ていた人物がいきなり姿を消したら
あいつは、どうなるだろうか。

「………………まぁ、街の中キャンキャン騒いで探し回るだろうな」

そんな姿を想像して笑みがこぼれたが

同時に、胸が傷んだ。



リレイをぎゅっと抱きしめた日の記憶が不様に頭をよぎる。

あの日、

俺達ははじめて

キスをした。

キスが初めてでとまどっているリレイの姿をリヴァイはとても愛おしく感じた。
うでの中で小さなリレイの体をしっかり支えながら
お互いを確かめ合うように、たくさんたくさんキスをした。


「………………………クソッ」

ダンっと、拳を地面に叩きつけた。


リレイが、愛しくて愛しくてたまらなかった。

会いたくて会いたくてたまらなかった。
アホみたいに明るく笑うリレイの顔が、頭を離れようとしなかった。
またリレイの柔らかい唇に触れたいと思った。

リレイとキスしたのを思い返すだけでも体が火照る。

リレイとキスをしながら
正直、リヴァイの体は男としての反応をしっかりと示していた。
リレイの体が自分のキスでだんだん火照っていくのも感じた。

少し激しいキスをして、
リレイの甘い声がもれるたびに
リヴァイの体もあつくなり、反応を示した。



自分に身を任せ
夢中になって自分の舌に絡みついてくるリレイの体に
触れたいとも思った。


だがリヴァイはまだまだ未経験なリレイのことも考え
自分の欲を抑え

ただリレイに
目を閉じろと、だけ言い
優しくリレイを抱きしめながら、キスだけをした。

それだけでも、十分に幸せで、





















十分に
あったかかったんだ。





















…………………………………『バリッッッ』

「…!?!?」

突然の枝を踏みしめたような音にリヴァイの体が大きく反応した。



…………ついに、巨人に見つかってしまった。

洞穴の、入り口付近から見える巨人のシルエット。

あの大きさだと、3メートル級と見えるが
洞穴の中という状況と、立体機動が使えないという条件下で
人類最強は絶体絶命の危機にあった。


巨人はゆっくりと歩みを進め
目の前のリヴァイの姿を粘ついた視線で見つめる。

「………………こうなったからには仕方ねえ」

リヴァイは、立ち上がった。




「……………………ッッッ」
ゆっくりと入り口から歩み寄ってくる巨人の横を全速力で駆け抜け、外へと脱出した。

リヴァイの小柄なカラダでは、まず立体機動を使わなければ巨人との戦闘はあまりに不利だからだ。
残り僅かとなるガスを使い木へ飛び乗る。



だが、立体機動を使うということは、
周りにいるたくさんの巨人の前に姿を晒すのと同然であった。


自分の前方後方を見渡し、まず4体の巨人を認識した。

「……………このガスの残りだと…ギリギリだな」

もう、戦うしかない。
覚悟を決めたリヴァイはガスを最小限に抑え


延伸力を巧みに操り巨人のうなじの肉を削ぎ落す。
巨人の返り血がリヴァイの顔全体を赤に染め上げた。



2体、3体と着々と巨人を倒していたが
倒れた巨人の音に反応し、また新たな巨人がリヴァイの元へとどんどん向かってきた。
その数、軽く10体は超えるだろう。

だが、リヴァイの目は光っていた。
己の使命を真っ当すべく、一体でも多くの巨人をとらえ、殺す。



それだけを考え、向かってくる巨人をたった一人で次々と屠っていった。

次々と襲いかかる巨人の数は増したが
それでも人類最強は伊達では無く、全てを一人で相手に戦っていた。

だが、ガスが限界を迎えていた。
ただの鉄の塊と化した立体機動装置は機能を無くし
機動力を無くしたリヴァイの体は地面に強く叩きつけられた。


強い衝動に頭を打たれ意識が飛びそうになったが
すぐに上体を起こし、臨戦態勢に入った。
頭から血が流れ、息は荒い。



だが
命がある限り
俺は、巨人を殺す。


迫りくる巨人が振りかざした手を避けその腕に飛び乗り、そのまま巨人の顔に飛びうなじを削ぐ。

だがそのもう一方で飛んできた巨人の拳に立体機動無しの空中では対応することが出来ず
リヴァイの体は木に打ち付けられた。


「グッ……………ァ、」

口から血が溢れ出した。
肋骨が何本か確実にやられた。


そのまま地面に落ちたリヴァイはそれでも尚、すぐ立ち上がって目の前の巨人を睨みつけた。
しかし、そこにはもう5体は新たな巨人が後ろに立っていた。




もう、限界だった。

振りかざした手も、頭を強く打った中でうまく機能せず

リヴァイは、
巨人に捕まった。




「グ、ゥ…………ッッ」


巨人に握りしめられながらも、リヴァイは両手に持つ刃を巨人の目に向かって投げた。

両目に命中した刃に苦しみもがく巨人をよそにリヴァイは手をすり抜け、地面にぐしゃりと落ちた。


だが

地に落ちたのリヴァイへ迫る巨人の足に、彼はすぐに対応出来なかった。



……………………マ、ズイ………ッッ!!!




















ザンッッッッ

肉が擦り切れる音と共に、巨人の足が吹き飛んだ。

正確に言うと、切り落とされたのだ。






立体機動を使いリヴァイの元に降り立つ
ゴーグルを装着した赤毛の兵士は陽気に微笑んだ。


「ごめんリヴァイ!

今日はなかなかに快便じゃなくてさ」





「………………フン。遅えよ、クソ野郎が」


…………第二部隊が、ついにリヴァイを援護しに来たのだ。

「煙弾上げてくれて助かったよリヴァイ。それなきゃ私達君を見つけらんなかったよ、っと」

リヴァイにしゃべりかけながら巨人を弄ぶように一匹一匹うなじをそいでいくハンジ。

「みんなー!まずここらへんの巨人を全部倒してからじゃなきゃ何も始まらないよ!
いいかい、一掃だ!!!」

ハンジも、調査兵団の中じゃ中々の強者だ。
そこらの巨人に負けることはまあまず、あり得ないと言い切れるだろう。

巨人が倒れる騒音と鳴き声でどんどん周りから巨人が集まってきたが、この第二部隊の人数ならば対応できるだろう。

次々と到着し、立体機動で飛び上がり戦闘態勢にはいる第二部隊の兵士達。

戦況を見るに、こちら側のほうが明らかに勝っていた。



5日間に及ぶ疲労と、体を強く打ち付けたせいで体が上手く言うことを聞かず
リヴァイの体はフラフラと洞穴の奥へと戻った。
自分自身を止血するためだ。


「血を流し過ぎたか…」
気を抜けば飛びそうになる意識の中で、リヴァイは石の壁に寄りかかった。






















「…?」

すると
背後からいきなり何者かに頭に布を押し付けられた。

止血の手当てだろうか。


「…おい。俺は自分でできる。さっさと援護にまわれ」

出血多量で意識がぼやけていて、
振り返る余裕も無かったリヴァイは人物を確認せずに吐くようにそう言った。

















「…………無理だよ。
私、あんなビュンビュン飛ぶ機械なんか使えないもん。」


「…………………………………あ?」






待て。


この、声は








ずっと、ずっと、



聞きたかった、あのあたたかい 声




「……………言ったよね。


私、あなたを 守るよって」









リヴァイは後ろを振り返った。




そこには、

笑顔のリレイが立っていた。




「は、…………?」


状況が理解できないリヴァイを

リレイは優しく抱きしめた。







「ごめんね。
会いたくて来ちゃったんだ…」





さっきまでの笑顔が嘘のように
リレイはリヴァイを抱きしめながら、ぼろぼろと涙を流した。






…何故ここにリレイがいるのかも分からない。


だけど

ひとつだけ、自分の中で分かっていたことがあったんだ。











































































「…………俺も、会いたかった」






リヴァイは、強く、強く、愛する一人の少女を抱きしめた。



5日ぶりに抱きしめたリレイの体は

とても あたたかかった。

【続】

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