□10.右手
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「ほら、……座って、リヴァイ」

「……このくらい自分ででき『 座 り な さ い 。』

「……」

リレイに強く言われたため、洞穴の中の壁に腰を下ろすリヴァイ。

外の巨人に関しては大丈夫だろう。大方ハンジ達が暴れまわってくれてるおかげで、静かな洞穴の中に入ってくる巨人などそういたものではない。


「…………おい、一般人のテメェがなんでここにいるんだよ。」
「リヴァイが心配だったから。」
「あ?」
「だってリヴァイ何も言わずにいきなり何日間もいなくなったりするから。」

「………あのなぁ
テメェ壁外に出るってことがどんなに危険なことか分かってねえみたいだな。
ほら、見ろ。あそこにだって巨人がいる。
もう夜じゃねえんだよ、テメェみてえなアホ面晒してみんな起きて俺たちを食らおうとする。」

「それでも私はリヴァイに会いたかったの。」


ストレートに言われた言葉に少し戸惑い、そして感じる嬉しさ。

ほんとに、よく恥ずかしがらないでこんなことが言えるよな、と心の中で呟きながら、きっとその表情は笑っていた。


リレイに身を任せ、テキパキと頭に包帯を巻かれる。


「…よく紛れ込めたもんだ。」

「私達が出発したのは真夜中だもの。私の顔なんかみえないから」

へへっと、子供のように笑うリレイ。
さらさらと、指どおりが良さそうなリレイの茶色い髪から甘い懐かしい香りを感じた。


「ほら、包帯巻き終わったよ。」

そんな、リレイの顔にリヴァイがそっと手をそえた。

「…?」


「…よく、ここまで来たな。」



そして、そっと頭を撫でた。


「…褒めてやる。」

思えば、久しぶりだったんだ。
こんなに近くでこいつの顔を見るのも

「…うん、」


二人の顔が、重なった。

ただ、唇と唇が触れ合うだけの
時間にすれば短い、そんなキスだったが
いまの二人には、これだけでも十分だったんだ。 



リヴァイが唇を話すと、プハッ と声をあげて顔を赤くするリレイ。

「………?
お前、もしかして息止めてたのか?」

「えっ、だって息かかるのやでしょ、?キス、…する時…」
「……………」
「ち、ちょっと笑わないでよ馬鹿にしてるでしょ!?」

すぐに赤くなる、リレイの顔。
いつもどうりの、会話。
いつもどうりの、リレイ。
あとは、いつもどうりの日常を取り戻すため、帰らねばならない。

内地へ。


す、といきなり立ち上がったリヴァイを心配そうに見つめながら、その後ろにてこてこと着いていくリレイ。


「ん……………こりゃ俺が援護するまでもねえな。」
洞穴から出て外の様子を伺った時には、もうハンジが目に見える範囲の最後の一匹の巨人のうなじを削いでいる瞬間が目についた。

周りに散らばる巨人達の死体を見ても、ここでもやはりハンジの実力の強さを思い知る。

「リヴァーイ!ここらの巨人達は残念ながら全部倒しちゃったからさ、あとは皆で帰るだけだよー!」 



そしてなにも告げないリヴァイの顔を覗き込む。

「………俺だけだ。」

表情一つ変えずに放った言葉だった。


一瞬 時が止まったように思えた。

「…………そっか…。うん、分かった。」

ハンジは、全てさとったような口調でそう返事を返した。
そこには、さっきのような明るく無邪気なハンジは存在していなかった。

リレイは二人の兵士の姿を見た。
仲間の死を、たったひとつの言葉で受け止めたのだ。
ハンジは寂しそうな、悲しそうな顔をしながら。
二人の底知れない強さを目の当たりにした。


「でもリヴァイだけでも無事で良かったよ。」

悲しそうな笑顔で、ハンジは言った。
無理に作った笑顔だと、すぐに分かる。

「よっし、じゃあこれ以上グズグズしていられないね。そろそろ第二部隊の子達も集めて……あれ、」
何かの異変に気づいたハンジの声色が変わる。


「…どうしたんですか?」
「ごめん少し黙って」


急に咎められ、異常事態を察するリレイ。

横を見るとリヴァイも深刻な顔をしていた。


一体、何が

「……足音だ。」
リヴァイが、口を開いた。

「この不規則で早い足音……

寄行種か。」


ハンジのゴーグル越しの目が光る。

「こっちに向かってきてる。
それに…これは複数だ。
一体、何匹なんだ
1、2、…三匹は、確実にいる!」


聞き慣れない単語に余り状況が把握できないリレイ。

「あの、それって……」
「こいつみてぇに頭イカれた普通とは違う巨人だ。」

ハンジの髪を掴みながら言うリヴァイだが、ハンジの顔は笑っていなかった。

それと同時に聞こえる爆発音のような騒音。
誰かが交戦を始めた証拠だった。

「こうしちゃいられないよ…!第二部隊の子達が危ない!
何でリヴァイが怪我して故障中の時に限ってこうなるんだよもう!」

ハンジはダッと駆け出して洞穴の外に出て立体機動装置に手をかけた。

「いいかいリレイちゃん!リヴァイが上手く動けない今、君がリヴァイを守ってくれ!
私は第二部隊の子達の援護に行く!いいね?」

リレイの返事を聞く間もなく立体機動にのって足音のする方向へ移動していく後ろ姿はさっきとは別人のようだった。


「…あのクソメガネ、誰がいつ故障したって言った。」
「……!? 待って。」

ハンジの後を追おうとするリヴァイを慌てて止めるリレイ。
明らかにリヴァイの立ち姿はフラついていてたし、そもそもリヴァイは血を流し過ぎていた。
先程から胸のあたりを手でおさえているのも、怪我か骨折によるものだろう。

「…んだテメェ。俺は行く…………、、!?」

ふいにリレイの顔に視線を向けたリヴァイは言葉が途切れた。
「………おい、…?」

目の前でボロボロと涙をこぼしながらリレイが泣きはじめたからだ。
自分の涙も拭わずに、リヴァイの手をぎゅ、と両手で握りながらただただ涙を流した。
「……待て。なぜ泣く、おいガキ、…」

目の前でいきなり泣き出すリレイに戸惑いを隠せずにただあたりを見回す。

「……私のことも、少しは頼ってよ…」
「……!」

「リヴァイ…私、あなたの為に生きるって決めたんだよ。
私が、…今こうやって生きてるのだって、リヴァイのおかげなんだよ。
私、家族ももういない、リヴァイしかいない。
……でもリヴァイは私のこと…」
「分かったから……いいから、落ち着け」

リヴァイがリレイの頭を抱き寄せた。
ほっと、リレイの表情が和むのが見えた。

だが同時に、リヴァイはとても嬉しかった。
自分にここまで好意を寄せ、大事に想ってくれる存在が。
そんな人が、自分の想い人であることが、嬉しかった。





「………ハァ。
分かった…ここでお前と
ハンジ達が戻ってくるのを待つ。
だからガキみてえに泣くんじゃねえよ」
頭をかきながら仕方なさそうに言うリヴァイの言葉で、一瞬にしてリレイの表情が明るくなった。

「リヴァイ…!」

「……ちゃんと俺を守るんだろ?」

リレイの顔に手をそえながら、そう言った。

リヴァイほどこんなにイジワルそうな笑みが似合う人物ははたしているだろうか。

「うん………っ

一緒に……私たちの部屋に帰ろう。」

そう、泣きながら
くしゃっと微笑んだ。












その瞬間


リヴァイの顔が驚きに歪んだ。






一瞬の出来事だった。

リヴァイがリレイを後ろに突き飛ばしたのも

すべて、

「逃げろ、リレイ!!!!!」

一瞬だ。


後ろに突き飛ばされたリレイが見たものは
さっき自分がいたであろう場所に振り落とされる瞬間の巨人の手。

ハンジ達が戦闘を続ける騒音と揺れる地面で、
忍び寄る巨人の足音に
気づくことができなかった。
巨人は騒音にも寄ってくる。

いや、いつものリヴァイなら、きっと
すぐに気づいていた。
だが、
目の前で泣き出すリレイに、気を取られてしまっていたのだ。


「あ……」
リレイが声を漏らした時には
自分の身代わりに巨人に弾き飛ばされたリヴァイが壁に激突していた。


「ガァッッ……………!!」
リヴァイの口から血と供に生々しい悲鳴があがる。


「あ、…………あ、……」
驚きと一瞬に様々な出来事があったせいでまったく頭が回らず、ただその場に座ることしかできない。


目の前に、巨人がいて
目の前に、リヴァイが倒れている。

それも、自分のせいで。

何も、理解出来ない頭のまま、リヴァイへと手を伸ばす。


「……リ、リヴァ……」

「来るなッッッ!!!!」


「……!?」

今までに、こんなに怖いリヴァイの顔は見たことが無かった。
その光る目は、リレイにただ逃げろと強く伝えていた。

だが、すぐにその瞳の灯火も絶え

リヴァイは気を失い、パタっと動かなくなってしまった。


巨人の目線が地面に倒れ込んでいるリヴァイへと移る。
餌を求める、捕食者の目。
リレイは、以前にもその目を目撃していた。

自分が巨人の手の内にあり、食われるであろう瞬間に見た、
あの、巨人の目がフラッシュバックで頭をよぎる。

あの時と、同じ目。
殺されて、しまう。

どっと、恐怖が身に走る。


冷や汗が流れる。
巨人の手が、リヴァイへと伸びていく。
脳が、体に逃げろと命令する。
体が言う事を聞かない。

動け
動け

動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け



「ぁぁあぁああぁああああああああッッッ」

リレイは走った。

そして

リヴァイの体を抱え、

横に倒れ込んだ。
ドシャア、と二人で地面に倒れ込む。
服も髪も、すべて砂と泥だらけで見れたものではない。

そして
無言で、リヴァイと巨人の間に立ち上がった。
リレイが今やることは、逃げることではない。 
「リヴァイを…………………


守るんだ………っっ!!!」
そこにあったはずの獲物がいきなり横に移動したのに気づいた巨人は、睨みを聞かせるような顔でリレイを見た。

リレイは、ただ刃だけを手に持ち
巨人と一人、対峙した。

ここで、リヴァイを守る
今度は、私があなたを守る…












…………筈だった。
現実はリレイにとって甘くなかった。

立体機動の使い方も知らないリレイが巨人に手出しできる訳もなく
2、3度目の攻撃で巨人の手に細い少女の体は吹き飛ばされ
そのせいでリレイの足の骨は折れ、移動もままならなくなり

枯れ枝のように、地面に倒れ込んだ。

指の骨が折れてひしゃげ
刃を握るのも困難になった。
それでも、リレイは刃を握り
地面を這い
リヴァイと巨人の間に割って入った。


「ハッ、……ハァッ、、…グッ、、」
痛みに耐えながら、荒い呼吸でも尚鬼のように巨人を睨んだ。
だが、それもお構いなしに
巨人はリレイの体を掴み顔の前へ、持ち上げた。

からだの、いたる所が熱い。
巨人に、掴まれているところも熱い。
それに、何故か目のまわりも熱い。
リレイは今、泣いている。

もはや彼女の頬をつたるのは涙そのものではない。
頭から流れた血が目にはいり、涙と混じり合い赤黒い雫となって巨人の手へ落ちていく。
今、少女の前には、巨人の口がある。

「…こんなの、こんなの、……ッッ」
まったく、同じだった。
自分が、過去に巨人に街を襲われ、死にかけた
あの日と、まったく同じ光景が目の前にある。

だが、リレイの視線は地面に倒れるリヴァイを見つめていた。
自分が死ぬことなど、もうどうでも良かった。
あの時は、リヴァイが自分を救ってくれた。
だが、リレイはリヴァイを守れなかった。
あの日と同じ、
巨人に、捕まった。
悔しさで顔がグチャグチャになった。


---私は、この人を守らなければならない。

この、愛する人を
守らなければならない

この人の
たまに見せる、優しい顔も
少しイジワルな顔も
すぐに、怒る顔も
すべて、守りたい。

あなたを、守りたいんだ。

なのに、何だ。
この、体たらくは
守りたい人を目の前に、
自分は、巨人に捕まり
巨人の手の内だ。



---そういえば、リヴァイは
私の絵を、とても、好んでいた。
あ、そうだ。まだ、リヴァイに、あのスイレンの絵、あげてないや。

あの絵、あげたらリヴァイ喜ぶかな
また、キスしたいよ


人間が死に際に幸せだったころの記憶が蘇るっていうのは
本当だったんだな


リヴァイが、あの時
リレイのことを、巨人から救った日
瀕死のリレイの右手を、ぎゅっと強く握ってくれたあの日。

リレイにはただ何の役にもたたない
ただ、絵を描くことしかできない右手しか残っていなかった。

リヴァイが、好きと言ってくれた絵を生み出す右手が 

巨人に一度手を潰されたために、茶色く酷い見た目なのにも関わらず
リヴァイが、何度も強く握ってくれた右手が。

この右手で、リヴァイを救えたらどんなに良かっただろうか。

巨人が、リレイを口に運ぶ。

リレイは、ふと自分の右手を見た。






























そこには、当たり前に右手があった。

だが

その、右手は


とても、白く、

潰されて、茶色く変色した右手ではなく

生まれたままの、白く伸びた指

右手から白い煙があがっていた。

煙が出たところから、リレイの茶色く変色した手が、どんどん修復されていく。
よく、分からない。

けど、私は強く

" リ ヴ ァ イ を 守 り た い "

と、そう

強く、強く、そう思ったんだ。































朦朧とする意識の中、リヴァイは全身を包む激痛と供に目を覚ました。

「………!!!
リレイ………!!」

ハッと正気に戻ったリヴァイは慌てて周囲を見渡した。


だが、そこにリレイの姿は無かった。


代わりに

目の前で

なんだか、

いつも見慣れた色の髪色の

茶色の長い髪をした

"女型の巨人" が

自分を襲った巨人を

グチャグチャに食い尽くしていた。



「あ…………?

どういう、事だ………」

もちろん、リヴァイに丁寧に説明をしてくれる人なんかいなかった。


だが、そのかわりに

その巨人の揺れる長い髪から

懐かしい、甘い香りがしたのは

ただの、


俺の気のせいだと思うんだ。


【続】

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