□11.真実のおはなし
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とある巨人が


少年に、恋したお話をしよう。












あるところに

巨人が二体いた。





二体の巨人には、自我があった。

意志を持っていた。


一方の女型の巨人の名はなかった。



だがもう一方の巨人にはリレイという名があった。



なぜ、この巨人に名があるのかというと

この、巨人は
人間になることができたのだ。

ほぼ、人間として日々を内地で暮らしていた。
拾われて、今や世話をやいてくれる両親もいるのだという。


この巨人の
人間の時の呼び名がリレイだった。







女型の巨人は、人間になることができなかった。


リレイのことを恨んだこともあった。


だが、リレイは友達だった。

巨人の中で唯一意志を酌み交わすことができる、仲間だった。

たまにリレイが壁外に戻ってきた時に

楽しそうに人間の家族の話をする姿が、羨ましくてたまらなかった。


女型の巨人は、嫉妬心をいつも押し殺していた。



でも、リレイは大切な仲間だ。


それに、羨んだところで







私は人間になんか、なることはできないのだから。











女型の巨人は、人間を食らわなかった。


リレイの話をいつも身近で聞いていて

とても人間に興味をもっていたのだ。

だから、それぞれ別個の意志、思想をを持つ人間に

深くの関心を抱いていた。




自分も、人間の友達が欲しいなあと思った。




だが、巨人であるかぎり

そんなことは不可能だと分かっていたのだけれど。








女型の巨人は

花が好きだった。




夜になると

ひとり、ある池へむかう。



人間が住んでいる、壁の近く。


浅い、背の高い木に囲まれた小さな池がある。



女型の巨人は

池ではなく、池に浮かぶ花を見に来ていた。




この花の名も知らない。




ただ、この花が月明かりに照らされる様子が

あまりに綺麗で、美しくて。



女型の巨人は

近くの木の、大きめの枝をもぎ取り



大きな右手に持って


地面に、その花の絵を描いた。




ガリガリと地面を削りながら

池に浮かぶ、美しい花を描いた。




だれに、見せるわけでもなかった。




女型の巨人は、

この池の上だけに咲く花を

地面にも、咲かせたかっただけだった。



池の小さな花をしゃがんで見つめる巨人の姿は

きっと、滑稽な絵であっただろう。






女型の巨人は毎晩、この池を訪れた。







ある晩に、女型の巨人はいつもどうりに

あの花が浮かぶ池にむかった。






いつもどうり

しゃがみこみ、池を眺めた。


今日もこの花は綺麗だった。





その時、女型の巨人はあることに気付いた。










昨日、自分が地面に描いた
花の絵の隣に



目を細めなければ分からないくらい、小さいものだったが




女型の巨人が描いた絵を真似たような

花の絵が、描かれてあった。


 

おどろいた。

周りを見渡しても、誰もいなかった。





女型の巨人は、その小さな花の絵を見つめた。



はっきり言うと、決して上手いとは言えない出来の絵であった。

女型の巨人の絵を真似ているようだが
線もガタガタで、かろうじて花と分かるくらいであった。





それでも、女型の巨人は


うれしかった。





なんだか、とても嬉しかった。





頑張って、真似たようなこの下手糞な絵が

とても愛らしく感じた。





女型の巨人は右手に枝を持ち


その下手糞な花を囲むように、たくさんの花を描いた。













地 面 に 


た く さ ん の 花 が 咲 い た 。


















次の日、また女型の巨人はあの池へむかった。





池の前に、小さな人間の影が見えた。




女型の今日は、木の陰にそっと隠れた。




しゃがみこんでいて、よく見えないが

見た目は少年だった。


ボロボロの服を身にまとっていた。



少年は、小さな指で

女型の巨人が描いた絵の隣に

花の絵を描いていた。



女型の巨人が、少年の絵の周りにかいた花の周りに

ひとつ、真似て花の絵を描いた。




絵を描いていたのはこの少年だったのか。


池に浮かぶ花を見つめる目。


この少年も、この美しい花に魅せられたのだろうか。





だが、何故か

女型の巨人は、花ではなく




その、少年をじっと見つめていた。





その、少年から目が離せなかったんだ。





その、池に浮かぶ花を見る目が



あまりに、綺麗で



切なげな顔が、脳裏に酷く焼き付いて。






いつの間にか、女型の巨人はゆっくりと少年に近づいていった。


当然の如く、その女型の巨人を見た少年は驚いて逃げてしまった。


そのまま、外と壁を繋ぐ
雑な補修工事が成された
小さな子供しか入れないであろう穴に潜り込み
壁の中へ、帰っていった。

あそこはたしか、リレイもよく出入りに使っていた穴だったなあ。




きっと、夜に巨人が出歩かないと知って

すこし壁外に出たのだろう。



だとしても、相当肝が座った子だ。





一瞬、見えた少年の顔を女型の巨人は忘れなかった。


するどい目つきだった。
ボロボロの、服を着ていた。
すこし、顔や腕にアザがあった。


まるで、ゴロツキみたいな雰囲気だった。










女型の巨人は、ずっと

何年も何年も

ずっとひとりで


少年のことを考えながら


池に浮かぶ花を見て

地面に、花の絵を描いた。




明日になれば


この、地面に描いた花のとなりに


またあの下手くそな花の絵が描いてあるのではないかと


毎晩、大きな右手で絵を描いた。












だが、少年は一度も来ることはなかった。












もう、あの少年は大きくなっているだろうなあ。



何年待っても

少年が来てくれることは無かった。














女型の巨人は


少年を、忘れられなかった。


あの、少年に会いたかった。


一緒に、この花を眺めたかった。



けれど、自分は巨人だった。

人間では無かった。






どうしても、少年に会いたかった。







私が、人間になれば



君に、会えるのかなあ。








そんな、いけない考えが




頭をよぎってしまったんだ。


































女型の巨人は



リレイを、食らった。




親友を、食らった。






自分の欲に任せ



自分の欲望を叶えるが為に





女型の巨人は、友を食らった。





ボキッッ


ゴリッッ





リレイの体を食べているときは


なんだが、とても涙が止まらなかった。





自分の欲で親友を食ったのだ。





心底、最低な奴だと思う。





すごく、悲しいんだよ。






すごく、あなたが羨ましかったよ。






グチャグチャに、リレイという巨人を食った。












ただ、少年に会いたい



それだけを強く思って


ひとりの巨人は


ひとりの巨人、かつ少女の命を食らった。









リレイのうなじを噛み砕きながら


女型の巨人は、空に向かって絶叫にもちかい声で吠えた。



人間になったとしても

あの、少年に会えるとは限らないけど。







地面が震え、木から葉が落ちた。
























"  あ の 少 年 に 会 い た い "
















そう、強く空に叫んだんだ。











































「……………………」



目をさますと


女型の巨人は


リレイという、一人の少女の体になっていた。



そして、ふと気づくと、
見知らぬ衣服をまとった人間の男たち抱えられ、馬で地を駆けていた。

茶色い柔らかそうな髪が、風になびく。

男たちの背中には、憲兵団のマークが描かれてあった。



「おいリレイ!!!
あれほど止めたのに…まぁたお前夜にあのちっこい穴から外に出やがったな!!」

「ここで倒れてんの俺達がみつけられなかったらお前巨人に食われちまってたかもしんねえんだぞ!」

「リレイのお母さん、すごく心配してたよ。もうこういうことは絶対にやめてね!いい!?」





一斉にしゃべりかけられる声が、耳に響く。




この、リレイには

かつての、女型の巨人であった時の記憶が綺麗に消えてしまっていた。




すべて

脳内が このリレイという少女の記憶に塗り替えられていた。








「……ごめんなさい。」









女型の巨人は、リレイになった。



巨人であった頃の記憶などない。

 
ここには、一人のリレイという少女がいた。










この憲兵団の男達が一生懸命叱っている相手は

本当のリレイでは無いというのに。


女型の巨人だというのに。











もう、そんなこと


リレイ本人も


もう、分からなくなってしまっていたんだ。








































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リレイは一人、夜に親が寝静まったのを確認して、家を出た。


玄関の扉を開けた時に軋んだ音が鳴ったせいでリレイの心臓はバクバクと音をたてた。






「んーと………ここらへん、かな。」



路地から場所を確認し、家の壁に印をつけた。



そして、自前の筆を取り出し

壁に、絵を描き始めた。












女型の巨人…かつ、リレイは

あれからというもの、巨人であった頃の記憶は消え去ったまま一度も戻ることはなく

普通の人間としての生活を送っていた。


だが、リレイは

あの日、憲兵団に連れられて内地へと無事に帰ってきた日から

毎日のように、筆を使ってある花の絵を描いていた。

リレイ自身も、何故この花の絵を描いているのか分からなかった。

ただ、描かなくてはいけないような気がして。

勝手に、手が動いて。


気付いたら、右手の表面の皮がズル剥けるほどに絵を描いていたんだ。













「……これで、いいかな。」



完成した絵を、少し遠くから眺めた。
…それなりの出来だ。






「調査兵団の人達…この絵、見てくれるかなあ。」


明日は、調査兵団の人達が帰ってくる日だと、母が言っていた。


リレイは、自分の絵で少しでも調査兵団の人達の疲れを癒してあげたかった。

だからこそ、
親に怒られるのを承知で
路地から見通しのいい場所を選び、家の壁に絵を描いた。











リレイはその時分からなかった。



翌朝、この絵に惹きつけられた青年が



女型の巨人であった時、恋をしていた少年だと。




後に、その恋をしていた少年に

命を救われることになるなど





女型の巨人の記憶が無くなってしまった今、

リレイにはなにも分からなかった。











だが、きっと女型の巨人の意思は


人間になったリレイの体に


絵という形として、残っていた。 






なんの、役にもたたない


ただ、恋する少年を想い

棒で地面に一人で描いていた絵



それだけが、リレイに受け継がれていた。













その、想いが




たった、この壁に描いた絵をきっかけに



愛する少年一人に届くなんて



きっと、誰にも分からなかったんだ。






















「………………やっぱ、この花好きだよ。」









あの、月明かりに照らされて池に浮かんでいる花の情景は

記憶としては、彼女の頭に残ってはいない。



だが、女型の巨人の意思が

強い、恋する意思が、花になって残っていた。






















この、花の名は

















「  ス イ レ ン 。 」























ちっぽけな、ただのこんな花で



僕らは  出会った。




【続】

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