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□林檎飴
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「外が騒がしいな」


窓の外を眺めていた女が一人言の様に呟いた。
俺に投げ掛けられた言葉か判別出来ず応答すべきか考えていた所で女が踵を返す。


「外で何をしている?」


今度は此方をはっきりと見据えて首を緩く傾げている。
嗚呼一人言じゃ無かったのか。


「祭だそうだ、日本人街の奴等が母国の出店とやらを開いている」


本から視線を少し上げて女を見る。
女はほう、と小さく相槌を打つ様な仕草を見せると視線をまた窓の外に向け直した。
此処からだとその祭の様子は窺えない筈なんだが。


「随分と大きな飴を見掛けた、子供の顔の半分はあった」


窓の外を眺めたまま、また一人言の様に言う。
女の声が外に拡散してしまって聞き取り辛い。
普段なら特別気にも留めないが、無口な女が珍しく喋る様子を見て女が何を見てそう言っているのかが気になった。


「聞こえなかったな、何て言った」


お気に入りの本を傍らに置いて自身は女の傍らに移動する。
俺が隣に来て、あからさまに嫌な顔をすると予想していた割には取る様な反応は返ってこなかった。

…珍しい事もあるもんだな。


思った事は口にせず自分も外を見やる。
意外と祭の様子が見て窺えた。

浴衣と呼ばれる民族衣装の様な物に身を包み歩き難そうな履き物、下駄と言ったか。

知識としては頭に入っていたが初めて見た。
格段価値は感じないが、特別な日に着る物だからなのか皆嬉々とした表情だった。


「大きい飴があると言ったのだよ」


そう言うと俺に向き直り此位、と手振りで大きさを表す。
その表した大きさと飴と言う単語でそれが何かが予想が付いた。


「林檎飴か、シズクが良くノブナガに集っていた」


「林檎飴と言うのか、嵌まった名前だな」


名前を聞き、それに納得した様に頷くと微かに笑うのが見えた。
目を細め拙く歩く子供が持っている林檎飴を見ている。

何だ、コイツ笑えるのか。
無愛想な奴だから少し驚いた。


「表情筋が著しく乏しい奴だと思っていたんだが、普通の人間並には表情があるんだな」


「その言葉そのまま貴様に返そう人形面」


間髪入れずにカウンタ-。
この毒気があるから表情が消えるんじゃ無いのか。

勿論それも口に出す事はしないで、男は先程居た所に戻り読書を再開する事にした。
女は未だに外を眺めている。
流石に飽きないか。


その様子を見ているのに飽きた俺は手元の書面に視線を落とす。
規律正しく並んだ書面は見ていて落ち着く。
だが今回に限って本の内容が巧く頭に入ってこない。
整列した活字を取り込もうとしても残念ながら脳内に留まってはくれない様だった。


…我ながら稚拙な事を考える。


先程開いたばかりの本を元の位置に戻してしまうと徐に立ち上がり部屋を後にした。
女の視線意識は共に外の祭に向いていたから恐らく気付いてはいない。


気付く前に帰れれば良いが。
…どんな顔になるかな。


俺の向かう先は祭の人混みの中。
たかが女一人の笑った顔がもっと見てみたいが為に林檎飴何て買いに出る俺もどうかしてるな。


「団員に見られたら笑われるな」


ぽつり呟いてはその呟いた事が現実にならぬ内に、と歩を進めた。










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