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□哀慈
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御前が欲しいのは、私では無いのだろう。


ニヤリと口角が上がったのを確かに見た。







────────哀慈────────








「…カ…クラピカ、大丈夫?」


ハッと意識を現実に戻した時聞こえてきた男の声。
私の前髪をさらりと撫でる手の感触に気持ち良さ気に目を細める。

自身の額に僅かな湿り気を感じ其を拭うと指に水滴が付く。


「随分魘されてたよ」


私を慈しむ様な眼で覗き込む黒曜に似た瞳。
其の瞳の中の私は確かに汗ばんでいて今にも泣きそうな顔をしていた。

そういえば、あれは何の夢なのだろう。
一人きりで立ち尽くし、其処に男が現れニヒルな笑みを溢す。
そして私に向かって「綺麗だ」と呟く。
夢は何時も其処で途切れた。


「…済まない、起こしてしまったか?」


頭を振りやっと言葉を絞り出して上体を起こす。
相手は私を気遣って背中を支えてくれたが大丈夫だと其の手を相手に戻した。


「否、丁度起きた所だから気にしないで」


へらりと笑った顔は確かに今起きた様な顔ではあったが明らかに眠そうで。
私の呻き声で起きてしまった事は直ぐに判った。

しかし其の優しさを無下にする事は出来ず只頷くだけに止めた。

最近は魘されて起きる。
夢の中で、私は泣いている。
理由は判らない。

只、魘されて起きると隣には何時もクロロが微笑んで居てくれる。
其が唯一夢の後安心できる事だった。


「…こうも頻繁に悪夢を見ると流石に気が滅入るな」


冗談混じりに笑って見せると微笑んでいた表情が哀しみとも寂しさとも取れる色に染まる。


「……クロロ?」


「…御免ね、クラピカ」


相手の頬に伸ばしかけた手がぴたりと止まる。

何に対して謝っているのか判らなかった。

何かがぞわりと胸の奥で鳴る。


「…何を謝る。 謝るのは私だろう?」


視界に緋がちらつく。
口調とは裏腹に精神は落ち着いてはいない様だった。
何故瞳の色が変わる程高揚しているのか、其も判らない。
何も疑問に思う事等無いのに。

私を見詰める瞳は更に哀しみを増している。
そんな顔、止めてくれ。


「御免…やっぱり綺麗だ」


「……は、?」


相手の手が私の頬をなぞり目元へ辿り着く。
瞬間クロロの口角が上がる。





「緋の眼、生きてる方が綺麗だ」






…嗚呼、此か。
此だったのか。

御前が私を傍に置く理由は。

私が魘されていた時何時も傍に居てくれたのは緋く染まったこの眼見る為だったのか。

言葉を掛けたのは生きた瞳を手に入れたかったからなのか。


「…そんな顔も好きだよ、クラピカ」


そう言って優しく口付けるのも、御前の罠なのか。
全て、嘘なのか。




…嗚呼、そうだとしても。




「……私も、好きだ」





私はこの手を離す事等出来はしないのに。










御前が欲しいのは、私では無いのだろう。



だけど、其のニヒルな笑みを私から手放すには、御前の手は温か過ぎたんだ。



fin.→
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