タイトル
□憎しみの愛撫
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この瞳を見ると思い出す。
「い....ッ...やめろ...!!!」
この声を聞くと思い出す。
いっそ忘れてしまえればこんな面倒な事を考えずに済むのに。
「...貴様は何度言えば噛むのを止めるんだ」
「ああ..ごめんね、忘れてた」
反省してるよ、と後付けて相手が自身を労っている部位に目を向ける。
そこは俺が何度も噛むせいで赤黒い痣が痛々しく滲んでいる。
くっきりとした歯形の痣を眺めていると、彼の羽織った黒いシャツにそれを遮られた。
「案外、嫌じゃないんじゃないの? 噛まれたりするの好きだったり」
「殺すぞ」
部屋に反響した殺す、という言葉に、少なからず殺意が混じっている事に俺は満足する。
まだこいつは俺を殺してくれる。
その殺意が心地よかった。
俺がベットの上でだらけている間、彼は早々に支度を済ませ一枚のメモを置いてその部屋を去った。
新しい携帯の番号。
立場上同じ携帯を長く持つ事が無い為会う度に違う番号を渡される。
マフィアの若頭とその情報提供者という、自身らの過去を振り返れば可笑しい関係。
情報の見返りにあいつの身体を求めた。
あいつが欲しかった訳でなく、ただ単にあいつの嫌がる事をしたかっただけだ。
万一今の関係を受け入れる様になったとしたら、次はまた仲間の首を彼の前に差し出そう。
憎しみが途切れてはつまらない。
次に会った時に薄れているだろう左胸下の痣が、本当に彼の心臓を噛みちぎってしまわぬ様に。
憎しみの愛撫を続けようか。
fin.