どうか、

□視点
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※友人side


私の自慢はこの観察眼。相手の顔や行動を見ればだいたい何を考えてるのか読めてくる。勿論他人より優れてるかなという程度なので全て正確にという訳ではないけれど。


名無しさんとは訓練兵時代に同室だったことで仲良くなった。例の通過儀礼の時、彼女は目を付けられなかったから、彼女を知ったのは部屋割りの後。周りの女子が鬼教官の愚痴を言い合っている最中も、どこか壁を隔てたように一人静かに行動していた。第一印象は近付き難いクール女子で決定ね。その後の行動も1人でサクサクすすめちゃって周りと関わる様子は無かった。馴れ合いはしないタイプなのかとも思ったが、持ち前の観察眼が名無しさんの周りを見る視線に羨望が混じっているのを捉えた。なんだ、ただコミュニケーションが下手なのね。


夕飯の時間になり食堂で名無しさんを探す。端の方に1人で座りもくもくと夕食を片付けている名無しさんを発見。その前にさり気なく腰を下ろす。気が付いた名無しさんがチラリと視線を向けたけど、何事も無いようにスルーされた。これは…なかなかコミュニケーション力は低そうだ…。


「ねぇ、私あなたと同部屋なのよ。宜しくね。明日から早速訓練だけど、これから一緒に頑張りましょ?」


とりあえず名無しさん当たり障り無く挨拶してみる。まさか突然話し掛けられるとは思っていなかったようで、ビクリと肩が跳ねた。警戒されたかしら?さてどんな返事が返ってくるやら。


「あ、うん、よろしくね」


言葉は何とも素っ気ない物だったけれど、名無しさんは今までの無表情とは打って変わって、可愛らしい笑顔を浮かべていた。人を前にすると自然と表情が出るのかもしれない。でも、これは心からの笑顔ではなく愛想笑いね。まだ表情が硬いわ。


「名無しさんはどうして訓練兵に?やっぱり憲兵団を目指すの?」


この話題なら此処ではお決まりのようなものだし大丈夫でしょう。


「そういう訳じゃ無いんだけど。まぁ色々タイミングが良かったからとりあえず入っとこうかなーみたいな。力があって困ることも無いし、わざわざ働く先を探さなくてもいいしね」


その後も他愛ない話で盛り上がり、食事を終える頃にはかなり打ち解けた仲になったと思う。自身でも人見知りだと言っていたから、仲良くしてしまえば警戒心はかなり薄くなるみたい。さっきまでの薄っぺらい笑顔じゃなくて今度はちゃんと楽しんでる顔。なかなか可愛いじゃない。積極性は無いけどきっとこの子は陰でモテるタイプだわ。


次の日の朝も起きてから軽く挨拶を交わし一緒に朝食をとる。今日からついに訓練開始。体力・学力共にそこまで低い筈ではないけれど、ここには憲兵団を目指すガチ勢共も居る。うかうかしてると落ちぶれてしまうかもという心配もあった。


何とか午前の訓練を終え昼食の時間に名無しさんに再会すると早速怪我をつくっていた。ほっぺにガーゼが貼られている。恐らくさっきの対人格闘だろう。


「ほっぺ、大丈夫?」


「顔は良いんだけど、肘と膝が痛いかな」


どうやら他にも怪我をしていたらしい。痛いとは言うものの笑顔なのでそんなに酷くもないのだろうと思ったが、袖を捲って見せられた肘には血の滲む包帯が巻き付けられていた。


「うわ…痛そう…」


思わず顔が歪む。どうやら膝の方も同じ状態のようだ。大丈夫なのかこの子。ここでは脱落した者は容赦なく追い出される。自ら諦める者もいれば、適性が無いと見なされ一方的に落とされる者もいる。せっかく出来た友達が即退場なんて事態は流石に嫌だ。


「皆凄いなぁ。あんな可愛い顔してどこにそんな力があんだよ。体力もあるし…まさか初日でここまでやられるとは思わなかったわ」


それはこっちの台詞よ。こっちは結構本気で心配してるっていうのに当の本人はなんともマイペースなもので。まったく、澄ました顔してるから私もまさかこんなにボロボロにされてくるなんて思わなかったわ。


「あーあ、頑張んなくちゃなぁ」


その台詞とは裏腹に語気はこちらの気が抜ける程緩いものだった。



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