どうか、

□視点
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その日の午後は座学で巨人の生態について学んだ。食後の座学というものは、運動後で疲れた体にはかなり眠気を誘うものでカクリ、カクリと揺れる頭がチラホラ。私も例外ではなくさっきから何度も目蓋が落ちてくる。憲兵団を目指す者達はここでも点を落とすことはできないので必死に目をこじ開けているようだが。私の隣の席に座った名無しさんもやはり眠いのかペン先で自分の手の甲をつついていた。それも結構強く。ちょっと、あんたこれ以上怪我つくったらどうすんの。今の衝撃で若干眠気の飛んだ私は慌てて名無しさんを止めようとする。


「こら、危ないからペンで手を刺すのは止めなさい」


ぼんやりとした目がゆっくりこちらに向けられ、へにゃり、と効果音のつきそうな気の抜けた顔で笑った。もとの容姿のせいもあるが、何だかやけに幼く見える。


「いやもう眠くて死にそうなんだよ…運動で良い感じに疲れてしかも食後に座学って、これ何の拷問…」


のんびりとあまり呂律の回らない喋り方でそう返された。


「気持ちは分かるけど、そんな寝ぼけた頭じゃまた怪我するわよ」


「んー…」


駄目だ。聞いちゃいない。ふと名無しさんの手元を見ると、板書の写しが途中からミミズの這ったような字になっている。頑張って起きてはいるようだけど、きっとあれじゃあまり意味は無いだろうなぁ。名無しさんの奇行のおかげでせっかく目が覚めたので、せめてもと、彼女に後で見せられるようキチッと板書を写すことにした。しっかりしている様で意外と抜けてる。私の中で名無しさんは、何だか妹の様で放っておけない存在と見なされていた。




その認識が徐々に覆されていくのはこの後。




互いに気が置けない仲になった頃、超大型巨人によりウォール・マリアが破壊された。私達訓練兵も初めて巨人を目の当たりにし、多くの者が恐怖していた。そんな中、名無しさんは遠くに見える巨人の姿を眉を潜めて見ていた。


「名無しさん!早く行こう!教官が呼んでる!」


私が声をかけると、名無しさんは少し逡巡した後漸くこっちを振り返った。今思えばきっとこの出来事がきっかけだったんじゃないか。振り返り私を見つめる名無しさんの瞳には、強い闘志が宿っている様に見えた。










「私は調査兵団に入ろうと思う」


名無しさんの決意を聞かされたのはその一週間後。


しかし、あの日既に名無しさんの瞳に宿る熱を感じていた私はその言葉にやっぱりね、という気持ちしか起こらなかった。そこからというもの、元から真面目な性格で平均よりは上をキープしていた名無しさんは、座学にも運動にもさらに身を入れるようになった。私といえば、恋人ができたせいか成績はあまり良いとは言えない状態。初期のポテンシャルは私の方が上だったはずなのに、少しの間で差はみるみる開いていく。私よりも背が低く努力家な名無しさんを可愛がっていた立場が逆転し、後半は「一緒に卒業するんでしょ!」なんて励まされる事が日常になってしまった。


所属兵科を考え始める時期になってもやはり名無しさんは調査兵団に入ると譲らなかった。そしてまさか私の彼氏も調査兵団を希望。



「何で相談しなかったのよあんた!」


いきなりの告白に気が動転し、私は彼の胸倉に掴みかかる。それなりに上手く付き合っていたつもりが、こんな重大な事を秘密にされていたなんて。当たり前のように激怒した私は、勿論この後に今まで黙っていた事を理由に彼氏をフルボッコした。そして、感極まって泣き出した私に釣られて彼も泣き出し、2人して名無しさんに慰められることとなった。



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