どうか、
□ナナバさんとあーん
1ページ/1ページ
今日は新兵達の兵科決めだ。毎度のようにまたエルヴィン団長が直々に新兵達を勧誘しに行っている。私はそのメンバーには入っていなかったので大人しく何時も通りの業務をこなしているわけだが、
(ふふっ)
今日から私も先輩になれるのだと思うと浮かれて先程から仕事が手につかないのだ。
「名無しさん、また手が止まってる」
一緒に作業中だったナナバさんが苦笑する。ナナバさんが自分の顔を指差して「あと顔も緩んでる」と指摘してきた。なんてこった。ナナバさんにだらしない顔を晒すだなんて、名無しさん・名無しさん一生の不覚。
「どちらにしろ新兵達と対面できるのはもう少し後なんだから」
「分かってはいるんですけど…。へへ、やっぱり楽しみで」
「気持ちは分かるけどね。年々希望者は減っているようだけど、今期は何人入るかな」
この間、私はちょっとした用で訓練兵達の宿舎横を通り過ぎる事があった。そこで偶然見かけたのは未来のリヴァイ班メンバー、オルオ・ボサドとペトラ・ラル。どうやら二人も次期卒業予定の訓練兵の一員だったようで、筋書き通りならばこのまま調査兵団を希望するのだろう、と私はその姿を眺めた。
あの二人が私の後輩に。未来を知っている分、その事が嬉しくもあり悲しくも辛くもあった。
「そうですね。優秀な人材が入ってくれると少数でも助かりますが」
「例の期待の新人みたいな?」
そう言って悪戯っぽい顔でナナバさんが笑った。や、ヤメロォォオ!せっかく忘れかけていた黒歴史が!あああ記憶の扉が開いてしまうううう!
「私で遊ばないでください…」
「ははは!ごめん、ごめん。これあげるから拗ねないでおくれ」
そう言ってナナバさんが差し出したのはハート形のクッキーだった。この世界では菓子なんていう物もなかなか値が張る。訓練兵の時なんて、ほんの少しの小遣いをかき集めご褒美に買うような代物だったのだ。
「どうしたんですかこれ…こんな高価なもの…」
「貰い物だよ」
「…さては女の子ですね」
「まあね」
「うわあああ!またナナバさんが私の知らない所でモテモテに!一向に構わないけど何か!何かあれですよ!」
べ、別にやきもち何かじゃないんだからね!………ないわ、自分で言っておいてあれだけど私このキャラ合わない。ないわ。
「別にそんなんじゃないよ。この前ちょっと服を汚されちゃったからそのお詫びだって」
「服をって…いったい何があったんですか」
「ふふ、秘密。ほら、せっかくお茶もあることだし、冷めないうちに一緒に食べちゃおう」
「でもそれはナナバさんの…」
「いいから。はい、あーん」
「え」
すいませんこれ何て乙女ゲームですか!誰ですかナナバさんをこんなタラしに設定した企画者は!表へ出ろ!
食べるべきなのか。食べるしかないのかこの流れは。あああハンジさん!こんな時こそあなたのクラッシャーを発揮するべきですよ!いざという時に空気読んでどうするんですか!
どうしたものかと固まったままナナバさんの指に摘まれたクッキーを眺め続ける私。と、一向にその手を引っ込める素振りも見せずニコニコとしたナナバさん。このままだとナナバさんの腕が疲れてしまうかも。上司を待たせるのも如何なる場合だろうと良くはないし。
(ええい腹を括れ!これは深い意味など何もない…ただの餌付けだ!)
一度ゆっくりと瞬きをしてから冷静そうな表情を貼り付ける。私は動揺などしていない。至って冷静だ。ミカサと同じ、感情のコントロールができる人間になるんだ!
はむっ
サクサクサク
「どう?」
「…甘いです、多分」
食ってやった…食ってやったぞ!でも緊張し過ぎて殆ど味が分かんなかったぞ!勿体無い!
「やっぱり名無しさんだと小動物に餌付けしてる様な気分になるんだよね」
「困ります…」
大いに困ってます。現在進行で。主に私の心臓にかかる負荷についてですが。
「ふふ、ごめんね?でも可愛くて止めてあげられないや」
まぁ、「ここまで登ってこれたら私がどいてあげようかな」のナナバさんですし。今更と言えば今更なのだが…、
最近ナナバさんのお腹に黒い影の存在を感じ始めました。
そして私のあしらいが上手くなっている気がするぜ!
.