どうか、
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はは、ナナバさんの次は私かよ…。
顔は全ての表情が抜けきっているのに、頭ではそんな自嘲の言葉が浮かんでいた。
私の手には二つの指輪。所謂遺品と言うものだ。誰の。一つは私の友人の。もう一つは彼女の恋人の物だ。
先の壁外調査での出来事だ。たった今さっき。私自身も戦っていたその時、別の戦場で、この二人は死んだ。
まず彼が巨人にやられたらしい。足からガブリ。それに激昂した彼女が後先考えず突っ込みまた犠牲に。その隙に他の班員が巨人を仕留めたが救えたのは胸より上、私の元に帰ってきたのはこのペアリングのみ。二人とも戦闘じゃ邪魔になるからと鎖に通し首からかけていたので何とか残っていたのだ。
だから言ったじゃないか。兵士なんてやめてさっさと一般人に紛れてしまえば良かったのだ。子供をつくって、たまの休みに私が遊びに行って、私が死んだときは墓でも作ってもらう予定だったのに。
確かに私は彼女に言った。私は目的の為に生きているから友達でも切り捨てる場合がある。代わりに私の目の届く内では死なせないと。だからその言葉通りならこれは範疇外だ。私と二人は戦場が違った。私が二人の死を知ったのはたった今。本部に帰還してからだ。
(それなのに…)
やっぱりナナバさんに言った通りだ。今回はどうしようもなかった。私にできることは無かった。でも…それでも、守れなかった事が悔しくて悔しくて堪らない。出立の前に交わした軽口がもう交わせない事が寂しくて寂しくて堪らない。涙が、止まらない。
「名無しさん…」
「っナナバさん…」
いつか話そうと思ってたんだ。彼女は私が何か隠しているって分かっていた。知っていたけど何も聞かずにいてくれた。私がそれを望んでいるって気付いていたから。そうやっていつも私をしっかり見ててくれた。何も言わずに側にいてくれた…初めての友達なのに…っ。
「自分の無力さが嫌になりますね…」
「ああ、分かってる。いくら兵士として強くなろうが私達は最強にはなれない。だからこんなにも巨人に怯える」
「…そうですね」
死ぬとはどんな気持ちだろうか。怖かった?痛かった?悲しかった?相手が何を思っていたかなんて死んでしまった今では何も分からない。
ああ、本当に…。こんなに突然別れが来るならちゃんと話しておくべきだったのかもしれない。信じてもらえなくても、私は未来を変えたくてここに居ると、だからあんな突き放す様な言い方しかできなかったのだと。
きっと彼女は笑って許してくれる。好きな人の為に頑張るのは良いことだ、とかなんとか言って笑ってくれる。
「ナナバさん、死者以上に残された側が後悔してる場合って…どうしたらいいんでしょうか…」
「名無しさんは今後悔してるの?」
「おそらく…かなり…」
結局、当たり前の事だが私は機械にはなり切れなかったという事だ。立ち止まらないだの、振り返らないだのと豪語しながら、気付かないふりをしているだけで心はまだまだ立派に人間だった。こんなんでこの先も立っていられるのだろうか。グラリ、不安に決心が揺られる。
「当たり前だけど死者は生き返らない。残された私達は、その者達の死を背負ってただ足掻く事しかできないよ。だから苦しくても、この命が終わるまで死んだ仲間と遺す仲間の為に必死に生きなければならない」
分かってはいるつもりだったんだ。だが身をもって知る衝撃があまりにも強すぎた。足元がフラフラと覚束無くなる感覚。前だけを見ろ、いくら頭に命令しても黒い何かに後ろから引かれている気がしてゾッとするのだ。
「でも、一人でもがき続けるのは辛い。だからそれを支える仲間が居るんだ。名無しさんが私にしてくれたように。ねえ名無しさん、私を見て」
ナナバさんが私の手を取って自身の頬に当てる。温かい。生きているものの温かさだ。追って顔を上げるとナナバさんの綺麗な瞳と目があった。
「私を守るために側に居てくれるんだろう。ならちゃんと今を生きて。私の所に居て」
「…はい」
「私が名無しさんを支えるから」
「っ…はい」
情けないなぁ…守ると言った人に守られてどうする。こんなんじゃ本当に駄目になってしまうぞ。私の生きる意味は何だ。今目の前にいる彼を守るのだろう?それならしっかりしろ自分。くよくよするな!
強くまばたきをしたら目から雫がパタパタと落ちた。少しだけクリアになった視界でナナバさんを見つめる。
「やっと見てくれた」
「…ご迷惑おかけしました、もう大丈夫です。復活しました」
「それは良かった」
ナナバさんが優しく笑いかけてくれる。そう、私が生きるのはこの人の居るところだ。
「それじゃあ行こうか」
「何処にですか?」
「皆の所へ。帰った途端名無しさんが何処か行っちゃうもんだから皆困ってたよ」
「す、すみません…」
なる程、それでナナバさんが派遣されてきたわけか。ナナバさんをパシりにさせてしまうなんて誠に申し訳ないです。
さき程から繋がれたままだった私の手を引いてナナバさんが先を行く。その後ろ姿と手の中のリングを見比べて心でそっと呟いた。
(ごめんね…ありがとう)
何時かまた会える時まで、さようならだ。
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