どうか、

□08.5+α
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※エレンside


俺が名無しさんさんに会ったのは旧調査兵団本部に移転した日の事だ。

リヴァイ班総出で建物を掃除している時に本部からの通信係として彼女は現れた。


「リヴァイ兵長、本部からの連絡で…」

「名無しさんか。丁度良い、お前も手伝え」

「え、掃除をですか?いやでも私は伝達したら直ぐ本部へ…」

「手伝え」


結局兵長の無言の圧力に負けた名無しさんさんはそのまま俺達と共に旧調査兵団本部大掃除大会(命名:俺)に参加する事になった。

渋々といったように掃除を始める彼女を見て、第一印象は何だか大人しそうな人だと思った。先輩達の話によるとペトラさんよりも先輩で、これで討伐成果もなかなからしいが、身体も細くてとてもそうは見えない。



「お前達はここをやれ」


俺達二人にそう指示を残した兵長はさっさと他の部屋を掃除するべく姿を消してしまった。えええ、ちょ、兵長待ってくださいよ!初対面の相手と二人きり。しかも今の俺は化け物だ何だと恐れられる存在。そんな俺と気の弱そうな女性を残すだなんて!


「えーと、取り敢えず自己紹介をすると私は名無しさん・名無しさん。よろしく?で良いのかな、エレン」

「は、はいっ」


話してみると思いの外名無しさんさんは気さくな人で安心した。化け物と怖がられる俺にも態度を変える事無く接してくれるし、本人は自分が人見知りだと言うが、よく笑うし話の聞き方も上手くてつい何でも話したくなってしまう。

ついつい話題にしてしまった過去の話に、あの日の悲劇を思い出し少し辛くなった。それでも名無しさんさんは深入りはせず少し寂しそうな笑顔を浮かべるだけだった。


何だろう。この人の傍はとても心地がいい。



掃除も一段落して漸く兵長から帰還の許しを得た名無しさんさんは、日が沈む前に帰りたいのだと少し急ぎ気味で外に向かった。名無しさんさんともっと色々な話をしたい俺は少々名残惜しい気持ちでその後について行く。

外は夕日に照らされて真っ赤に染まっていた。ちらりと見えた名無しさんさんの横顔も夕日色に染まっていて、何だかとても美しいものを見ている気分だ。


「エレン」


唐突に名無しさんさんが俺の名前を呼んだまま立ち止まる。門はすぐそこ。何事かと不思議に思いながら立っていると、近付いてきた名無しさんさんに不意に抱きつかれた。


「えっ!ちょ、名無しさんさん!?」


ふわりと香る女性らしい匂い。身体を離そうと手を置いた肩の小ささ。柔らかい感触。って、バリバリに意識してんじゃねえか俺!周りに駆逐系と言われる流石の俺も立派なお年頃だったようだ。

そのままの体勢で顔を上げた名無しさんさんと普段より近い距離で目が合う。ドクンと一際大きく心臓がなった。


「エレンを心配してる人達が居ることも忘れないでね」

「えっ?」


突然そんな事を言われ一瞬固まる。心配?こんな俺をいったい誰が。化け物の俺なんかを心配するやつなんて…。


納得とはいかないが、取り敢えず頷いておくと、よろしい!と笑顔が返ってきたので、返事はこれで間違ってはいないようだ。


「それじゃあまたねエレン。班の皆にもよろしく」


そう言って名無しさんさんが体を離し、おれが感じていた彼女の体温も離れていく。涼しくなった胸の辺りが妙に空しい。


馬に跨り最後に軽く手を振って颯爽と去っていく名無しさんさんの姿を俺はただ呆然と見送った。そしてその背が見えなくなってから漸く落ち着きが戻ってくる。


先程より幾らか落ち着いた鼓動、まだじんわりと残る頬の熱。今し方別れたばかりの彼女を思うと、何だか胸の奥がほかほかと暖かかった。


これは…まさか……。いやそんなまさか!


博識なアルミンに久しぶりに会いたくなった。




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