どうか、
□08.5+α
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今日はハンジさんの提案した実験を行った。まず巨人化した俺を井戸で拘束し捉えるのだが、その段階から失敗。
合図に従い巨人化しようと何度手を噛み切っても巨人化できない。やっている事は今までと同じなのに上手くいかないそれに内心焦りを感じた。
結局一旦休憩を挟み対処を考える事になった。前は抜けた歯が元に戻る程だったのに、何故か今回は手の噛み傷すら治らない。何で、その言葉だけが頭をループする。兵長からも再度現実を突きつけられ気分はどんどん降下していく。
「リヴァイ兵長!」
その時、この何とも言えない空気を後方からの明るい声が一蹴した。
「名無しさんさん!」
「やあ、エレンに皆も久しぶり」
馬上から微笑みながら手を振る名無しさんさんに場の空気が和らぐ。あの初対面の日以来俺はすっかり名無しさんさんに懐いていた。この胸に宿る気持ちにも薄々感づいているところだ。
兵長に指示され名無しさんさんは馬を繋ぎに行った。俺も今度は落ち着いて席に着く。名無しさんさんが居てくれれば実験も上手くできそうだ、何となくそう思える気がした。
しかし現実はそう上手くいかない。
「うっ」
手の傷が痛み持っていたティースプーンを落としてしまった。エルドさんに大丈夫かと心配されたが、何とか芝に落ちたスプーンを拾おうと手を伸ばす。
その時。ピシリと電力が流れるような感覚が腕に走る。気付いた頃には遅かった。
爆風と共に現れる巨人の右腕。
周囲の驚きの声。向けられる殺気と刃。おいつかない頭。
それからは散々。兵長が間に入って場を収めてくれたが気分は最悪。俺はそのまま度地下室に押し込まれた。
分かっている。俺は人類の敵である巨人になるのだ。警戒されて当たり前。それでもやはり良い気はしない。先輩方を責めるつもりは無いがどうにもやる瀬ない。
「エレン」
先程出て行った兵長と入れ替わりで名無しさんさんが地下への階段を降りてきた。
「名無しさんさん…俺、どうしたら良いんですかね…」
これが役目だと全てを割り切っている自分と、それでも納得できないと感情を剥き出す自分。双方が頭の中で争って自分の立ち位置が分からなくなってきた。
「生かしてもらってる身なのは分かってます…でも、仲間だと思ってた人達にあそこまで信用されてないってのは…正直ショックでした」
名無しさんさんは黙って俺の話に耳を傾けてくれている。あまり情けない姿は見せたくないが、この人の前だとどうしても甘えてしまう。
漸く名無しさんさんが口を開いたと思ったらこの言葉。
「ミカサがね、凄くエレンを心配してたよ」
「は…?」
「アルミンも早くエレンに会いたいって言ってた」
どうしてここで幼なじみ達の話が出てくるのか。怪訝な顔で名無しさんさんを見上げるもまだ言葉は続く。
「ミカサもアルミンも昔から変わらずエレンを大事に思ってる。エレンが巨人になろうと周りにどう思われようと。エレンはエレンなんだって」
“エレンを心配してる人達が居ることも忘れないでね”あの時名無しさんさんに言われた言葉が頭に浮かびハッと目を見張る。
俺が一人妙な事を考えていたあの時から、あの時も、名無しさんさんは俺の事を考えてくれていたのか?
アルミン…ミカサ…。そういえば最近は全然会えていない。実験だ何だと忙しくて二人の事を考える時間すら減っていた。
二人もまた俺が巨人化した時に駐屯兵団から守ってくれた。巨人になろうと俺は俺のまま。無理に頑張ろうとしなくもちゃんと俺を理解してくれる仲間がいる。
「あまり無理に背負い込んで死に急ぎないようにね」
最後にそう付け足して明るく笑った名無しさんさんにあの時と同様に抱きしめられ、彼女の優しい香りにふわりと包まれる。
「ミカサ達みたいな事言わないでくださいよ…」
口では小さく抗議の声を漏らしながら、その時点で完璧に俺は音を上げた。
俺は名無しさんさんが好きだ。
一緒にいた期間は短くとも。何がきっかけであろうとも。俺は、この人が…。
名無しさんさんが手を引いて俺を立たせたタイミングで丁度モブリットさんが俺達を呼びに来た。班の皆に会うのはまだ少し気まずい。
「心配無いよ。リヴァイ班の皆は良い人ばかりだからね」
不安が顔に出ていたのか、名無しさんさんが安心させる様に笑って手を握ってくれる。
そうかもしれない。貴女と一緒なら俺は何があろうと、何が敵だろうときっと大丈夫。
応えるようにその小さな手を握り返す。まったく、年上の女性に憧れるなんて。
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