どうか、

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「開門始め!第57回壁外調査を開始する!前進せよ!」


エルヴィン団長の声が響き隊列が前進しだした。


「名無しさん、体調は平気?」

「はい、ご心配かけてすみませんナナバさん…」


何とかぎこちなさの残る笑顔で返事を返す。ナナバさんに気を使わせてしまうなんて、何やってるんだ私は。

溜めた息を大きく吐いて前を見据えた。門を潜ればもう気を抜くなんて許されないぞ。


私の知る通りなら、今回の壁外調査は結果的に多くの犠牲を払い失敗に終わる。女型の巨人によって。そしてその犠牲者の中にはあのリヴァイ班の面々も含まれる。その事が気にかかるのか、壁外調査が近付くにつれ私は体調を悪くしていた。


今までだって未来を知ったうえで知り合いを失ってきたはずなのに。私にできた初めての後輩、エレンやリヴァイ兵長を含め親しくしていた仲間。彼等を特別視していた訳ではないはずなのに、どうやら絆というものは自然としっかり育まれてしまうようだ。


助けたい。


もう死んでしまったかの友達に抱いた感情と同じ気持ちが心のどこかに存在しているのは確かだ。しかし前と違うのは、私がその友人の死を経験して前より失う怖さを知ってしまった事。


私は最強じゃない。ゲームや漫画の主人公でもない。多くを求めれば一番守りたいものを失う事もあり得る。それは私が今まで賭けてきた時間も、見捨てた仲間の命も無駄にしてしまう事になる。


それでは駄目だ。だから私はアルミンが言う“何かを捨てることのできる人間”にならなければいけない。団長とは違い私の場合全く私利私欲の為だが、いくら罵られようと地獄に堕ちようと、私はとうの昔にそう決めたのだから。


それに未来を知るといってもそれはほんの一部。“何でもは知らない、知っていることだけ”あの眼鏡少女の言葉を借りるなら正にこれ。


「長距離索敵陣形!展開!」


再度響いたエルヴィン団長の声で各自が予定の位置へと馬を操る。ここからは何があるか分からない。さあ、気を入れ直さねば。














「あの…登ってきましたが…」


私達がまだ馬で平野を駆けている時。前方の指揮が巨大樹の森に到着したという伝達と共に中列荷馬車護衛班のみが森へ侵入、それ以外は巨人引き付けのため外で待機との伝令が来た。


「そうだね。ここまで登ってこれたら私がどいてあげようかな」

クリスタは可愛いし生でナナバさんのこの台詞が聞けるなんて感激!

あえてテンションを上げるならこの反応が最適だろうが、今の私はあまりそういう気にもなれなかった。クリスタの言うように先程から森の奥から爆発音が聞こえている。


要するに、今奥では女型の巨人が…。


誰もが作戦成功だと歓喜したこの瞬間。そしてその喜びは言葉通りすぐに裏切られるのだ。自らをおびき寄せた巨人に食わせ逃亡を謀り、リヴァイ班を殺してエレンを攫う。


ここまで明確に分かっているのに私は動けない。いや、動かない。


「名無しさん、やっぱり顔色が悪いよ」


ナナバさんがわざわざ私の居る枝に飛び移って来てそう言った。士気を下げない為に周りに聞こえないようわざと小声で。


「少し中の様子が気になっちゃいまして…。大丈夫ですよ、今更怖じ気づいたわけじゃないので。脚は引っ張らないつもりです」

「私が心配してるのは作戦じゃなくて名無しさんの方だよ。言っただろう、支え合うのが仲間だ」

「そうですね…」

「名無しさんのことは私が支える、そうも言ったはずだけど。信じてくれてないの」


確かにナナバさんは私のことを支えてくれるとまで言ってくれた。でもこれは私のみの問題で誰かに言うわけにもいかない。


「もう、大丈夫と言ったら大丈夫なんです!ナナバさんは私よりもクリスタや他の団員を見てあげてください!」


大丈夫、大丈夫。繰り返す言葉はまるで自身に言い聞かせているみたいだ。


「名無しさん…」


ナナバさんが言いよどんだその時。奥から女型の巨人の砲哮が聞こえてきた。その声に引き寄せられるように私達の下に集っていた巨人が奥に走り始める。


「ナナバさん巨人が森の中に!」

「しまった…!」

「ほら、私なんか気にしてる場合じゃないですよ!ちゃんと働かないと後で団長に怒られちゃいます!」


これ以上深刻な顔をして彼の集中を削ぐわけにはいかないと、敢えて明るい声で返した。本当に今はこの巨人達を何とかしないと、流石に中の被害も大きくなってしまう。


「………全員戦闘用意!なるべく奥に巨人を行かせるな!」


ナナバさんの声に返事をしてそれぞれが木の上から飛び降りていき、私もそれに続く。飛び出す際に振り返ったナナバさんの顔は、やはりどこか納得がいっていないようだった。





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