リクエスト
□ルゼ様へ
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(あぁ、朝日が辛い…体がダルい…)
清々しい快晴の朝。欠伸をしながら廊下を歩く者もちらほら居るが、中でも突出していたのは私だった。
ハンジ分隊長のもとで働いている私は、彼女が実験やら研究やらレポートやら…とにかく何かしら巨人についてのアクションを起こすと当たり前にそれに巻き込まれる。もちろん私だけでなく班員全体がだ。しかし、ハンジ班の母とも言えるモブリット先輩、そしてその彼と親しい私は特に被害が大きいのだ。
最近新たな実験を始め勢いの復活したハンジ分隊の徹夜に付き合って一週間が過ぎる。昨夜(いや、もう今朝か)もそれは例外なく、何とか一度自室に戻りシャワーと仮眠はとったものの解消されず溜まりに溜まった疲労は、今なお私を襲っているのだ。
埃っぽい研究室にこもっていたせいか最近咳が止まらないわ、頭の使い過ぎか何だか熱っぽいわ…踏んだり蹴ったりだ。
(それでも行かねば…)
今私が休んでしまえばモブリット先輩が集中砲火を受けてしまう。後輩の私がサボるわけにもいかないし、何よりせっかく親しくしてくれるモブリット先輩にその仕打ちは申し訳なさすぎる。
すれ違う知り合い達に朝の挨拶を交わしつつ、体調を心配されつつ頼りない足取りでハンジ分隊の研究室を目指す。
「名無しさん」
その途中で出会ったのは、今日も今日とて眩しい程の笑顔で微笑みかける私の彼氏様だった。
「おはようございます…ナナバさん」
「うん、おはよう。今日もまたハンジの所に?」
「そうなんです…いい加減分隊長にも休んでいただきたいんですけど…」
「まあ、ハンジなら平気でしょ。区切りがついたら一気にダラケるからね。それよりも…名無しさんの方は体調管理しっかりしてるの?」
正直言うとあまり現状はよろしくなさそうなのだが、余計な心配をかけるわけにもいかないので曖昧に笑っておく。
「はい、多分大丈夫で…ケホッ…」
しまった。こんな所まで埃が…?お掃除兵長様しっかり仕事してください!
「……大丈夫な気がしないんだけどな」
「いえそんな事は…」
ない、と続けようとした言葉はまたもや咳に遮られて出てこなかった。くっそう埃め!
「…名無しさんちょっとおでこ出して」
「ず、頭突きは勘弁…」
「何言ってるの…」
私の首にナナバさんの手が添えられる。ひんやりとして気持ちがいい。そのままナナバさんの顔がゆっくりと近付いてきて、コツンと私とナナバさんの額どうしが合わせられた。
「…ナナバさん?」
「熱があるね」
「それは知恵熱で…」
「咳も出てる」
「埃のせいで…」
「完璧な風邪だね」
「そんなバカな!いや、バナナ…ナナバ…」
「怒るよ」
すみません、素直に謝っておく。何故か怒ったナナバさんは兵長よりも怖い気がするのだ。
「取り敢えず今日は仕事は休むこと。ハンジには後で私から伝えておくよ、お説教と一緒にね」
「お説教…」
「そ、私の大事な恋人をこんなになるまでこき使ってくれたお礼をね」
ひいいいいいいいいいい!ハンジ分隊長逃げて!全力で逃げてえええええ!
自分が標的でないならちょっと怒ったナナバさんも見てみたい気がするが、それよりも分隊長の命ととばっちりを食らいそうなモブリット先輩が心配でならない。
その後、心配だから部屋まで送ると言って私を横抱きにしたナナバさんに自室まで運ばれベッドに寝かされた。さり気なくお姫様抱っこをしちゃう辺りさすが調査兵団の王子様代表だと思います。こっちは恥ずかしくて放心する他ありませんでしたけどね!
「ナナバさん、お仕事は…」
「ん?いいよ、明日まとめてやるさ。今日は名無しさんが心配でそれどころじゃないからね」
「…すみません」
「そんな事気にしないの。名無しさんは何時も頑張り過ぎだから、こんな時くらいちゃんと私に甘えてよ」
ベッドで寝る私の手を握ったままナナバさんが微笑む。優しくて頼りになって、本当に私には勿体無いくらい素敵な彼氏様だ。今でも私は充分あなたに甘えてるつもりなんですけどね。
「もう眠っちゃいな。疲れも溜まっているんだろう?」
「でも…」
実はさっきから瞼が何度も落ちてきそうにはなっているのだが、せっかくナナバさんと二人きり。もっと一緒にお話ししたいし、起きて側に居たいが為に何とか我慢しているのだ。
「今日は一日側に居るよ。だから名無しさんはちゃんと寝て体を休めること。いいね?」
「…は…い」
優しい手付きで頭を撫でてくれる感覚が、私の手を握る体温が、語りかける優しい声が。大好きなナナバさんで満たされる幸福感に浸りながら、微睡み始めた私の返事は舌っ足らずなものになってしまった。
ナナバさんが笑う声と共に降ってくる柔らかな感覚を額に感じながら、私は夢の世界に落ちていく。
こんなに幸せなら、たまには風邪も良いかもなんて。
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