リクエスト

□飛鳥様へ
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「お帰りなさいナナバさん!」

「ただいま、名無しさん」


帰宅の挨拶と一緒に額に降ってくるキス。所謂お帰りなさいのチューというやつだ。初めの頃は照れて渋っていたが今では日常的なもの。

先に帰った方が玄関で出迎えるのも。一緒に食事をして団欒するのも。片付けを二人でやるのも。もう馴染みの行動だ。それもその筈。


「今日で一年ですね」


カレンダーのとある一日。ハートのシールと共に結婚記念日と書かれたそこを指でなぞる。


「そうだね」

「何だかあっという間だった気がします」


カレンダーから目を離しナナバさんを振り返ると、さっきまでソファで小難しそうな本を読んでいた彼も顔を上げてこちらを見ていた。目があうと私の大好きな笑顔で微笑み返してくれる。

私の旦那様は今日もイケメンでいらっしゃる。


「ふふ、名無しさんは恋人だった時も記念日は毎年そう言ってるよね」

「ナナバさんと一緒だと毎日が幸せ過ぎて時が凄く早いように感じるんです」





出会った時、私と彼は部下と上司という関係だった。新人として入社した私を指導する、その役割を受けたのがナナバさんで。

私が彼におちない訳が無かったのだ。何といったってイケメン、優しい、仕事もできる、の三拍子だもの。しかし、当たり前だが他の女性達もナナバさんに好意をもっている。

赴任したばかりのひよっこの私がでしゃばったところで結果は目に見えている。早々に現実を理解してしまった私は一人ベッコベコに凹んだ。凹みに凹んだ。でも先輩の女性達が怖いんだもの!チキンな私には対抗なんてできません!


「名無しさんさん、最近調子悪そうだね。何かあった?」

「い、いえ!ナナバさんが気にするような事は何も…」


しまった!最近ぼんやりしている事が多いのがナナバさんにバレた!

取り敢えず否定の言葉は口にしたが、それよりも隣のデスクからひょっこりとこちらを覗き込むナナバさんが何だか可愛らしいです。


「私じゃ頼れない?」

「そんな事は!いつも頼りにしてます!寧ろ甘え過ぎな…位で…」


ええもう甘ったれる位に…おうふ…何か女性社員から睨まれる意味が分かってしまった気がするぞ…。新人だからって私はナナバさんに甘え過ぎなのか。

そしてナナバさんとそれなりに一緒に居るのに全く一人の女性として見られない理由もおそらくこれか。ナナバさんは仕事のできる綺麗なお姉さん系がお似合いっぽいもんな!私なんて、な!

あー…がちしょんぼり沈殿丸…。目が段々と遠くなる。はぁ…。


「……名無しさんさん、今日の仕事終わりちょっと付き合ってくれないかな」


「え、私がですか?いや、でも…」


そんな私を見てしばし思案顔をしたナナバさんが口を開いたと思ったらこの提案。あああお姉様方の視線が痛い!ごめんなさい!ごめんなさい!でもこの場合悪いのは私ではないです!


「たまには良いでしょ?じゃ、決まり。残業にならないようしっかり働いてね」

「えっ」


えええええ…。それだけを爽やかな笑顔と共に言い放つとナナバさんはそれっきり自分のデスクに向き直ってしまった。いつも気遣いばかりなナナバさんの強引な面を垣間見ました…。




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