奇譚


□VEGETABLES
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『あははは、そ〜よねぇ〜。やっぱさあ……こうでなくっちゃね。うふふ』
『へぇ〜……あいつも時々ちゃんと男なんだ。うち? うちも、しつこいわよ。疲れてるって言ってんのに……え? そうそう強引に。寝かしてくんないの。その点、優しい男ならお願いを聞いてくれるでしょ? え、ウッソォ〜あり得ない! だっていつも、』

 これが、録音されていた音声――と、肩に黒い猫を乗せた男が椅子を捻って後ろを向いた。
 聴くには躊躇われる内容をループさせ、部屋に集まる家人は笑みを添え、引きつるベジータを見やった。

「残念だけど、映像は無いよ。プライバシー保護もしなくちゃね……」
「意味がわからんな。盗聴するなら、初めからプライバシーなどあるものか」
「いや〜、まあ、でも盗聴とはちょっと違うかなぁ。これを出す事になるとも思ってなかったけど……声の感情を感知して録音される仕組みでね防犯なんだよ」

 そう、一週間前を境にブルマが忽然と姿を消したのだ。元々、行動力のある女性ではあったけれど、研究室長兼社長代理とくれば責任も強く、おいそれと動くことは出来ない――、と騒ぎはじめた社員の要望が今時間である。
 けれども家人達はブルマの性格をよく知るため、さして気にする事はなかったが。

「ふらっと、帰ってくるだろ。理由を解明したいなら、電話している相手に問えばいい。俺に訊くより賢明だ。違うか?」
 言って踵を返すベジータに、プリプリのお肌は夜が大事ですのよ? と柔らかく注意をする夫人は、男の後ろにくっつく昔のブルマを彷彿させた。
 博士は、ふうむと困惑の表情を浮かべながら立ち上がると、ブルマが最後に目撃された部屋に向かい始めた。

「あそこは確か……」

 ブルマの部屋はひろく、レーダーの修復や光線銃などの小さなことは部屋で済ませるが、戦闘服製作やベジータに関わる内容はレベルが上がるため、自室に繋がるラボへ移動する。
 しかし、向かう部屋は……、
 キイ、と古びた金属の音が鳴り開かれた場所は地下の蔵。
 ここには比較的、頻繁には活躍しないアイテムをしまってある。中には失敗作や、取り寄せに失敗した劇薬など、あまり宜しくない物もある。

「はて、なんでこんな所に来たのやら……?」
 博士はトレードマークの煙草を口から外し、携帯灰皿をポケットへ忍ばせると一枚の紙を取り出した。
 目撃場所を示す拡大写真は、暗がりで見ると少し見難い。
「ズーム機能を上げないとねぇ」
 と、コゲの湿った鼻先をくすぐっている。
 ブルマが立つ横の棚には番号が当てられてあるのだが、見えるはずのアルファベットは彼女の陰に隠れ見辛く、博士は用紙に目をじっと凝らした。
「にゃ〜」
「お前、ちょっと待ってね。この形は、BにもEにも見えるんだな……ああ、FかもしれないしRかもしれない……」
 広げた用紙を覗き込んでいると、余白部分に影が写る。ごそごそと背中と肩を移動するコゲの仕業だ。お陰で薄暗い写真の色も変わる。
「薬品の匂いに困っていたりする?」
 言って、入口に戻り猫を出した。日々の散歩でCCの内部構造を知り尽くしているからこその配慮である。
「さあさあ」
 そう言って戻ると用紙を広げた。
「B・E・F・R……あPにも見えるねぇ。辿った方が早いかな」
 博士は、何時もより早いペースで歩きはじめた。蔵といってもワンフロアが広大な面積のため、のんびりは出来ないのだ。
 棚の間を進むと、つい懐かしさに足が止まりそうになるが我慢。用紙をチラッと見て、顔を上げた。
 余白に影が写っていた。
 ふうと息を出し、周りを見るけども何も居ない。
 用紙に目を戻すと影はやっぱり存在して、ふわふわと左右に揺れている気がした。
 ごくり、と博士の喉が鳴ったとき、困惑した小さな声は頭上から聞こえた。

「父さん、どうしたらいい?」
 そこには背景に擬態する、うっすらと透けた娘が居り浮遊していた。
「あらま……凄いね。トランクスをドッキリさせちゃう練習?」
「違うから」
 不機嫌な声だった。不慮の事故――そういうことだろう。
「とりあえず、説明してね」
 丸い背中の影が話ながら、ブルマに続いた。
「アタシはだだね、お肌をつるつるにしたかっただけなのよ。ちょっと前にビーチで見た女の子たち、綺麗だったわけ」
「ほうほう、でもベジータ君とは仲良」
「一緒に居たの! チェアに寝てたけど、顔、めったな事では変えないから分かんないじゃない。でも心ん中で、ぜーったい鼻の下伸ばしてたわね、あれ」
「なに使ったの?」

 先導してくれる透明の影は、まるでゼリー。湾曲、屈曲、凸凹とした体の稜線がまわりの風景を取り込んで、移動する度に流れてゆく。それは何だか、魚眼レンズや万華鏡を見ながら歩いている気分にさせられる不思議なことだった。
「酔っちゃいそうだね」
 ぽつり零したさい、ここよ、と止まられブルマに体当たりしてしまう。

「もーっ!」
「すまん、すまん。体は個体なんだね。よくある幽霊話みたいに通り過ぎたりしないんだ?」と、はにかむ博士だった。
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