宝物


□Bar Twenty《特別編》(キリリク小説)
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Bar Twenty《特別編》

少し繁華街から離れた裏路地にある雑居ビルの一階に、看板の無い店がある。
少し重たい木の扉の中で…店主ラディッツと王子べジータが、カウンター越しに睨み合っていた。

本日、べジータ王子がお忍びで来店すると、お側付きのナッパより連絡があったのが、開店直前。
なのでラディッツはいつもの様に『close』の木札を掛け、王子であるべジータが他客の目を気にせず寛げるようにして来店を待つ。すると…暫くして超不機嫌な王子と、項垂れたナッパが現れたのだ。
「どうされたんですか?」
堪らず店主がそう聞くと、べジータはフンと鼻をならしてこう切り出す。
「ラディッツ…キサマ、俺には"本物の酒"を出していなかったそうだな?」
「…え?!」
お側付きのナッパから『王子にあまり深酒させるな』と命じられているラディッツは、最初こそアルコールを出すが…べジータがほろ酔いになると、ノンアルコールのカクテルを密かに出している。
"どうしてそれを?"と思ったラディッツが、ほんの一瞬顔を青くさせナッパを見ると…彼は面目無さそうに頭を掻いて下を向く。
きっと口を滑らせ要らぬ事を言ったのだと思ったラディッツがため息をつくと、べジータは証拠を掴んだとばかりに眉を寄せ、声を荒げた。
「くそったれが!ナッパもナッパなら、キサマもキサマだ!俺は"酒にのまれ"暴れてしまう程、弱くはない!」
そんな輩と一緒にするなとべジータは憤る。そしてこんな事を言い始めた。
「ラディッツ!今からこの店にあるビールを全てカウンターへ並べろ!」
「…え?何でです?」
「これから三人の中の誰が一番飲めるか…勝負しようじゃないか。俺が酒に強い事を、キサマ等に証明してやるぜ!」
そして飲み比べ…という名の我慢大会が始まったのだった。

すると開始早々…ナッパが真っ赤になりバタンと仰向けに倒れる。
(もしやとは思ったが…やっぱりか)
長年バーを経営しているラディッツは、ナッパの雰囲気や言動から、彼は『下戸』なのではないかと思っていたのだ。
(予感的中だが…さて、困ったな)
当たらなくてもいい勘が当たり、ラディッツはまたため息をつく。そしてべジータを見ると…酔いが回り始めた彼は、目の縁を赤く染め上げこう怒鳴った。
「まだまだだ!」
「…王子」
毎晩、接客で酒を嗜むラディッツに対し、べジータはたまにしか飲まない。
そんな王子がラディッツに敵う筈はないのだが、彼には人一倍…いや、数十倍ものガッツがあった。
「キサマなどに負けてたまるか!」
きっと彼は、自分の限界を越してもあの強い精神力で持ち堪えるだろう。
ならば頃合いを見て降参すればいいのだろうが、勝負を口先で誤魔化すのはいかがなものか?それに今のべジータは疑心に満ちている。もし嘘だとバレてしまえば…
そう思ったラディッツは一か八か、心にある嘘のない言葉を口にした。
「そんな飲み方、身体に毒です。それに…俺はここで、皆に酒を楽しんでもらいたいんです」
「楽しむ?」
「そうです。皆、色々な事情があるし、来店の理由も様々。けどここでは日常を忘れ"いい酒"を楽しみ、そして最後に"良いひと時"だったと思ってもらいたい」
「・・・」
「王子にノンアルコールをお出ししたのも、その方がより良い時間を過ごして頂けると思ったからです。王子からしてみれば"余計なお世話"だったかもしれないし、その事を黙っていた事については俺が悪い。謝ります。ですが王子は…今までここで過ごしてどうでしたか?」
多忙なべジータ。そのストレスを腹に抱えたまま飲み過ぎれば、それはたちまち"悪い酒"になる。
心に溜まったモヤモヤを全部吐き出し、スッキリとした翌朝を迎える為に、べジータにはあれが適量なのだとラディッツは思っているのだ。
そんなラディッツの気持ちに触れたべジータはピクリと眉を上げた。
ラディッツの言う通り、ここでの時間は悪くない。だからこそ時間を作り"お忍び"で何度も通っている。
けれど…そうだと言うのが何だか癪な気したべジータは、わざとツンケンした態度で口を開く。
「フン!…偉そうな事を言いやがって!くだらん気遣いはナッパだけで十分だ」
いつまでもべジータを子ども扱いをするナッパ。王子が成人してから数年が過ぎたのに、まだ幼い頃のままだと思っている"お側付き"にべジータは呆れ顔をする。
「ナッパは王子の事が心配なんですよ」
そんな王子にナッパの気持ちを代弁しつつ…ラディッツは床に倒れている大男を抱き起こそうとカウンターを出る。だがべジータはそれを制し、ナッパに手をかけ肩へ担ぐとこう言った。
「一口で倒れるとは情けない奴め。これで俺へとやかく言うとは…」
ぐったりとしている"お側付き"へそう溢し、べジータは木の扉へ手をかけると、今度はラディッツをチラリと見て…
「今日はこれで勘弁してやる。次は覚悟しておけ」
と言うなり濃厚の空へと舞い上がる。そんな二人のシルエットにラディッツは、
「またどうぞ」
と呟くと…『close』の木札を外して店中へと入った。


その翌日…何時もの雰囲気の店内で、カウンターへ座る常連客が"旬"な噂話をし始めた。
「なぁ、知ってるか?昨夜の事件」
「勿論!王宮の北棟が吹き飛んだって話だろ?」
「それなんだがよ…あれは王子の"癇癪"が原因らしいぜ」
「マジか?!」
「昨夜当直だったダチから聞いた話だ。間違いねぇ。王子が怒鳴った途端、一瞬にしてバーンだと…」
「へぇ…凄ぇな」
「だろ?きっとあの王子はデコピンで人が殺せるぜ。なぁラディッツ。そうは思わねぇか?」
突然話を振られた店主は、ドキリとして常連客を見る。そして…
「さぁ、どうでしょう?」
と言葉を濁しシェイカーを振った。
(王子は帰宅後に酒が回るタイプなのか)
べジータの『酒癖』をそう分析したラディッツは、やはり王子には『いつもの量』が最適なのだと思う。
それと同時に、この件で"お偉方"から相当に絞られたであろうナッパへ、同情の気持ちを寄せながら…
(ウチには"下戸"でも楽しめるカクテルがある。今度はナッパが憂さを晴らしに来て下さい。いつでも待ってます)
と、心中にそっと呟いた。

END→
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