Novel
□赤い床
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闘いは終わった。
あの、捲し立てるような数分で全てが終わった――。そして、要らぬ物を見過ぎたのか、鉛の体で瓦礫とならずに済んだ街の上空に佇んでいた。
街は生還の祝杯をあげ、四方八方から喧騒の声がわいていた。どこぞのペテン師の名を口にして。
「疲れた」
ただ、新たな覚醒を前にこの闘いを待ち遠しく思いながら、怒涛の日々を送り己を叩き上げ、この力に、うち震えた。なのに俺は、あの闘いで一体何をしたかったのか。何をそこに求めたのか。
口を開けて待っていた理想郷は、新たな敗北を生むだけだった……。
***
不可解な気持ちと共に、真夜中の廊下を歩いて女の部屋に辿り着く。
すると妙な方向からブルマが出てきた。
「ちょっとまってね」と、小さめに言いながら妙な間をとらされ、よくもたれていた壁は無く、代わりに部屋が出来ていた。
「疲れてんでしょ? ソファー座ったら」
そう、呆れた声を出しせかせかと動いている。俺は、いい。と答え部屋で立ったままでいた。
「夕食、食べてないんでしょう? 何か作ろうか?」
「いや」
ブルマは、部屋の簡易キッチンから顔を出してベジータの様子をうかがった。ここに戻って来てくれた事が嬉しくて、静かに男を見やる。
はい、と言って飲み物を差し出しながら近づいて一言、「孫君死んじゃったね」と小さく添えてきた。
ベジータは、顔を変えずに息を吸う。戦いに出向いた者達が集う家の片隅――下の階の奥の2つの気、ヤムチャと未来のトランクスへ横目を送った。
戦後の興奮という形の気に、舌が鳴る。
「ナイーブね。孫君が選んだ道なんだし、悲しいけど仕方がないじゃない」
ブルマは、ソファーに座り香草の匂いのする物を飲みながら此方に顔を上げ、寂しくなるわ、と加えてきた。
「お前がだろ、俺は違う」
ベジータが言ってすぐのこと。新しい部屋から、しきりに喚く声がした。
ブルマは、もう――、と飲んでいた物を男へ押しつけ、早足に向かった。
男は、何となく足が向いた。
入り口を覗くと、そこは落ち着いた薄ら青い部屋だった。鬱蒼としていないのは、ブルマの声が明るいからだろうか。
甘臭い匂いが漂っていた。
退屈を誘う、そんな芳香の中で、しなやかな白い首が持ち上がる。
「あんたも飲む?」
ぴくり、とベジータは自分の顔が強張るのがわかった。
抱えられたガキの口は乳房を含んでおり、地球人の原始的な手法に……驚愕を覚える。
宇宙と地球の医療科学の違いと、投げかけられた、からかい。目にするものに逃げたくなるが、女はケラケラ笑い、当然、いい気はしなかった。
ふと、無言の視線を感じたベジータは、眼光を強くした。
トランクスが見てくる。
丸い顔の中の、つぶらな鋭い視線を向けてくる。
「何、見てやがる!」
純粋無垢な瞳を向けられて、なぜか男に動揺が走っていった。
相手は赤ん坊じゃないかと目を逸らしたが、次は女が、じっと見た。その膨らみに埋まる赤ん坊と同じ、澄んだ青い色で……
「大きな声出さないで! こわがっちゃうから」
ブルマは注意を飛ばしながらも、ベジータの瞳の変化に少しばかりの心配を添え近づく。
バツが悪そうに口を濁す顔を覗くと表情が暗い。いつもある影が少し強いと感じたときだった。
はたと困惑したのは言うまでもなく、衣服の裾を捲られていた。
「わっ 今はだめ!」
そう、ガキを見せびらかせるように壁をつくる細腕は、いつの間にか筋肉の張りがよく表れていた。
乳に埋もれたままのガキが振り向いた。
視線を離さず俺を見続けている……。
危険性を感じたのかブルマは、怪訝な顔つきで側から離れて行った。
「前みたいにホイホイ出来ないんだから、我慢して?」
ホイホイ――
そんなに、見境がないように見えていたのかと鼻で笑うが、どうやら女の前には、カカロットの事などその場限りらしい。コロコロ変わる、いつもの場面に奴も笑ってやがることだろう。
「不満?」
とそう、また顔を覗かれていた。
同時、ガキが乳房から口を離し、こちらに手を伸ばしてきた。
「あーう、あーう」
くりくりとした大きな、懺悔を自白に導かんとするその色に。加速する鼓動が、蓋をしたい思いを甦らせてくる。ざわざわとした嫌な物が俺に流れてくる。
ああそうだ。
教えてやる。
全て俺が仕向けて、巻き起こした結果だ。
貴様の母親の事も、誰の事もかんがえちゃいねえ。
ただ、自分さえ良ければよかった。
ただ手に入れた力を、満足したかった!
あいつを越えたと証明したかった!
「不満だと」
「きゃっ!? 何」
ブルマは、ぞっと、した。
呆然とあいた口と同時、背筋に一瞬で、寒気が走って胸の中の温かさを守る。とても、冷静ではいられない。そんな事態になって行く。
「ベジー……、っ!」
ブルマは、子を抱きながら下着を裂かれていた。
突然のベビーベッドへの追突に、ころんと転がるトランクスだが彼女は柵に体を押しつけられている。柵の上で、上下に揺れる乳房に赤子が手を伸ばす。
青い視線が振り返る。心なしか熱を帯びた色で、説得力のない阻止の要求をしてきた。
「黙って、従え」
言って、その唇をすう。絡み合う粘膜に息が上がり困惑の表情のブルマの様子に高揚が増した。