Novel
□月鏡
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ベジータが地球に来て、早くも3ヶ月が過ぎようとしていた。
その間、彼は虚しく、無駄な時間を過ごしていると青息を吐き捨て拳を握る。
平和が自分を苦しめる――そんな、クソみたいな毎日から抜け出したくて「遊び」に暮れるしかなかった。
戦闘民族とし産み落とされ、ずっと闘ってきた体を強制的に静止されてはリズムが狂い、うずく。
いつもならば――、嘲笑う者、陥れようとする者、意見し立ちはだかる者――それら全てが排除の対象となった。
同胞は仲間とも思えず『利用する道具』とあり、その考えは後にも先にも同じ。
そして、回生を機に皮肉な運命が始まった。
ベジータは地球人のなかで生きていた。
与えられた部屋はいつも閉め切られ、物音すら無いのは部屋の主が殆ど立ち寄っていないことを意味したが、心のある地球人たちは、ベジータに声を掛けた。
男はそれに悪態をつく。
たまに帰れば要らぬ干渉が四方から飛んでくる馴れ馴れしさに、無言を貫いた。
全てを避け、疲労が残る体を引きつれ今夜も荒野に佇んだ。闇に沈む頭で撃ちつづけられる気弾は、八つ当たりでしかなかった。
煮えた思いを岩に押入れながら、何を思うのか。
立ち上がる土煙が消えると、ただ虚しさが残り、なにも変わらないと告げられたような気分になってゆく。
もて余した余裕はもう、ちいさく。あの頃と同じように乾いた風をここで浴びるだけに。
「ち……く!」
がらんどうの体に地鳴りがやけに生々しくよく響く。
そう、ベジータにとって全ては予期せぬ出来事で、下級戦士から受けた重い拳を思い出しては愕然と、屈辱が体を支配してゆく。
つづく動揺は精神を圧迫し、遂にはチリリと脳髄を裂く何かが走って……
――――気が付くと自室のベッドの上。いつの間にか自分を数日間も眠らせない原因の場所にまた、戻っていた。
苦い顔で天井を見ていると、軽い足取りで当たり前のように入って来る世話人がいる。
非常事のみ部屋の鍵が承諾なしに外されると聞いていた男は、まさかコレが? と過剰ともいえる今に呆れた。
上機嫌な声で話掛けて来る者に背を向け立ち去るのを待つ。
「ゴメンゴメン、驚かせちゃった?」
軽口女の無遠慮な行為は、寝床の壁へ腕を伸ばす。額の上を流れる動きは胸元を覗かせた。
「お腹減ってると思って。食べれるでしょ? 倒れたなら力つけないとね」
地球人にとっては自然なふるまいであろうソレらは皆、要らぬ情報。虫酸が走る甘臭いものに、並びゆく料理はベジータの気迫で四方にあっけなく舞い散った。
「きゃああ〜! 酷い! 何てことすんのよ!」
血相を変え怒鳴り散らす声に、重い空気が向けられる。
「貴様の世話はいらん。失せろ!」
そう易々と無礼を許せるほど俺様は偉くない、と視線で告げる男にブルマも抗議する。
「何なのあんた! 命の恩人に対してこれはないんじゃない? ちょっと聞いてんの!? あーっ火傷してるし! 痕残ったらどうしてくれるわけっ」
煩くて堪らない――怯む事も無いつんざく声に舌を鳴らすと、小刻みに唇をふるわせる女が立っている。
「そんなに迷惑?」
と、伺い始めた顔に返答していた。
「今更わかりやがったか。天才の科学者さんはもっと利口なのかと思ってたが?」
散らばる破片を集めながら静かに口を開いた女は、理由を教えろという。
「理由? なあに、貴様が嫌いなんだ」
カシャッ、カチャと無機質な音が響く空間は、ただ静か。
まだ、反論が出来ないでいるブルマに清々したベジータは、安眠体勢に入るため声色を落とした。
「早く出て行け」
しばし後、扉に向かうブルマがいる。少し止まり、何かを設定し終えると、餞別と言って窓際にカプセルを置くのだった。
開閉音と同時、入れ替わりで一台のロボットが掃除をしはじめた。
無機質な空間に、どっと緊張が解かれた男は、慣れないベッドでも急速に眠りが襲ってくるらしく、鋭い視線が緩んでいくのだった。
静寂のバルコニーで、ブルマは月を見ていた。
前日の雨が全てを浄化させたような澄んだ空気があった。少しばかり出っ張りを削られた月が黒い闇を一層濃くさせ、静けさを強調している。
「……満月かと思ったのに」
ぎゅっと足を抱え、夜空を眺めて数時間。
肌寒さも忘れ、じっとしていたブルマの髪を風が揺らした。食品の一部が髪に付着したまま、肌は軽い火傷を負っていた。
なのに、傷みさえ感じず、自らの美貌を第一に考える彼女の姿だとは到底思えない姿がそこにはあり、精神的ダメージが大きくうかがえた。
「……何よ!」
悲しみを含む文句が漏れゆくと、うっすらと涙が滲みはじめる。自分が良かれと思った事が、相手に伝わらない事が、くやしくも気持ちを踏みにじられた思いで一杯だった。