Novel

□蜘蛛の糸 ‐迷路‐
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 ――浮遊していた。

 今、暗い奈落の底へと導かれるがままに、その男は時間に体をあずけた。
 しんとする、死にゆく道程で闇は耳元で言う……
「地に蠢く同胞達よ、血に飢えた同胞よ。恨み面を掲げて笑うか? 遂にサイヤ王室の果てが此処に来る」と……。
「好戦的で血を好むサイヤ人の成りの果ては怨念のヘドロを纏ったただの亡者。階級も何もない、ただの亡者。
 現世で見知った忠誠心など何になろう。忠実なフリをした事は、ここでは無礼講となる」――と。
 流れる男は、もがいていた。掻きむしるように体を這う手を払い除けることすらできない。
 だが暫くして、闇黒の世界に静かに一本の光が差し込んだ。それは今にも消えそうな儚い光。
 すると、暗闇に熱が灯った。亡者共は引き上げてくれと言わんばかりに我先にと闇で泳ぐ。ひしめき蠢き合う小さな虫のように、男の体をよじ登ってくる……。

「天であろうが地であろうが同じ。未練がましい者たちよ、何故また天上を上を望む?
 サイヤ人は血塗られた種族。地に堕ちてこその魂だろう? 兵なら戦士らしく戦い、死を迎えたはずだ。襲撃時に怯んだ奴は知らんが俺様のように力の差を見せつけられ無念な死を遂げた者が念を晴らそうとでもいうのか?」

 そう、男が口の端を歪めたと同時――突然起きた儚い光に男の目は霞んだ。
 降り注いでくるものは立ち尽くす体をふんわりと包み込むと、瞬く間に闇黒の中を押し上げた。

「おうじよ、逃げるのか」
 
 うわあっと、一本の光の尾を巡り亡者共はこぞって幾千もの手を伸ばす。
 無礼も何も、体を掴まれ、掻き毟るように登り始めた。足元からのそり、と這い上がって、くる。
 地獄の炎に焼かれたか、戦闘でやられたか顔も分からず溶けた奴、体中穴だらけの奴が言葉なのか叫びなのか聞き取る事も出来ない音を発し、こちらを引き下ろそうとする。

「何故俺なのだ!」

 とっさに叫んだ男は光の中でもがく。だが闇に消えた男の叫びは聞き入らない。力も声も封じられ、四肢を光に捕らわれる。反することも逃げる事も出来ず、もがきつづけるしかないらしい。
「王子が逃げる」
 ふと再び、亡者の言葉が不快に耳に残ったままで……


***


 ――体が熱い。
 のし掛かる重さと湿度に、肌感触は不快だった。鼻穴を塞がれ息苦しく目を開ければ、顔を覆う重い根の匂いと砂利で一杯の口内と闇に困惑する。
「べっ!」
 土を吐き出し身を起こし、埋もれた半身に向き合って直に感じる地熱と轟く地響きに星の最期が近いと理解した。
 腕が動く。左胸部と腹に開いた穴に指を入れ、たぎる鼓動と肌の熱を知る。途切れた記憶は何を隠そう己が死んだ事実。
 だが俺は、ふたたび生き返ってしまったのだと、この身を呪うしかなく……、一体何がと蘇ったばかりの体をひきずって、足を踏み出した。
 信じられぬ思いとは裏腹に、五感で感じるものと、薄らぼけの記憶を紡ぎながら。
 小鬼の手のなかで、制裁をうけたことを麻痺する身体に反し、背面から散らされる血が霞む目に焼き付いて、重い殴りに飛ばされた瞬間、意識が飛びかけたことを。
 頭上で繰り広げられる誰かと誰かの話が死にいく体を引き止めた。
 闘志の火をつけられ、鉛みたいにイカレた筋をギリリと戻せば、見覚えのある明度の色の服に目を張った。

 カカロット!

 小鬼に嘲笑われながら心臓を突かれたが、なかなか死ねやしねぇ。
 聴覚が捕らえた声は、
 俺と再び戦うから殺すなと邪魔をするなとそう小鬼に言う。甘い野郎だと死に目に罵るが、奴からの2度目の果たし状に、後に沈む視界に、あんな言葉を託してしまった……。

 念が強く、再び呼び覚まされたというのか?

「俺は……運命というエンターテイメントの操り人形でしかないのか!? 意味が解らずに生きる? ならばもう、誰にも好きなようにはさせねえ。貴様らは……俺とはジックリとは戦えねえ。処刑だ。死から蘇った俺様は、更に強くなっている。王家の血は血統もよかろう、伝説のスーパーサイヤ人となり、フリーザ諸とも瞬殺の刑にしてくれる!」
 どっと、黒い念を発した男は再び莫大な気を放ち、導かれる所へと体を移動させてゆく。この身に受けてきた、あらゆる思いを吐き出しながら不気味に顔を歪めて。
 サイヤの血で闘いに始末を付けてやろう。

「王子としての自任と民族の誇りを受けてみやがれ! 再び死ぬのならば全てを出し切り、その中で死ぬ。それが戦闘民族の生き標だ。俺は王のような死に方はせんっ!」

 空は黒く轟き、地獄へと引きずりこもうと地を開けた。宙の気圧の異変と地熱が、ベジータの猛進する体へ邪魔をかける。
 地の変形は――まるで最期の力を振り絞るかのように、緑の星が泣き崩れて行く。
 男は、宙に居ながらにしてさえ、自然界の終わりが手に取るように分かった。
 焦る体に鞭を打つ。
(更にスピードは出ないのか! 蘇った所でコレが限界なのか!?)
 おどろおどろしい気迫と緊張感が喉元に湧く。周辺の地形が更地化とし、追う者が近い事を知らせたからだ。
 息を吹き返した鼓動が、凄まじい興奮と共に躍動していった。どんどん迫り来る、先に捉えた「黄金の光」にゴクリと喉を鳴らす。
 体の角度を少しだけ変えるだけで答が分かるほどの距離感に、抑えの効かない汗が滲む。
 断続的に体を刺す相手の気迫に近づいたその刹那――、
 臨界で光るものは、視界を耳を覆い、全てが白く変わった……。
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